Marshallsに日本語があるかぎり


2012~14青年海外協力隊員としてMarshall Islandsで日本語を教えていました。マーシャルのあれこれ、日本語教育事情などいろいろ綴っています。
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Trip to Micronesia Day7 Hiking in the rain (ハイキング、滑って転んでの巻)

☆旅のお役立ち情報・旅のコスラエ語☆
おはよう→ トゥオー
こんにちは→ レンウォー
ありがとう→ クーロウ

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コスラエ2日目。雨のコスラエですもの。この日ももちろん、雲行きは怪しいご様子。それでも旅人に止まるという選択肢はありません。その日の予定は、さらなる古代遺跡を求めて、ハイキング。
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例によって車で地主兼ガイドさんのお宅まで連れて行ってもらい、そこからハイキングが始まります。ガイドさんは日本の埼玉(川口)にも住んでいたことがあるということで、片言の日本語が話せます。木の枝で杖を作ってもらい、いざ出発!ガイドさんと若い親戚の男の子がアシスタントとしてついてきてくれました。

ガイドの二人は終始、私たちの安全に気をつかってくれて、細やかな気配りを見せてくれました。おかげで安心してハイキングを楽しむことができました。さらに、ガイド自ら道をきれいにしたり、竹で策を作ったり、休憩用のベンチを作ったり、遊び心のある像を作ったりしていたのも印象的で、ここでも観光地としてのミクロネシアの底力を見せつけられました。
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ユーカリ科のレインボーツリーです。葉っぱがあればにおいをかげたのですが・・・
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タロイモの葉っぱでエリマキトカゲ!(子供のころはやったな…笑)
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ガイドさんが植物のこともいろいろ教えてくれました。
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そしてたどり着いたのが、メンケ遺跡。
パンの実の女神を祀った神殿遺跡だといわれていますが、やはり詳細は不明な点が多いとか。わかっているのは、西暦1200年頃に祈りの場として作られたということです。当時の人々にとってはコスラエのほぼ真ん中あたりに位置し、「世界の中心」の神殿という意図があったようです。
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一見石を積み上げただけじゃないか、と思うかもしれませんがこのようにサカオ(カヴァ)をすった跡がある石がちらほらあるので、やはりここが特別な空間であったことは間違いないようです。遺跡を見ていたらざあざあと本降りになってきました。本当のRain Forestですね。
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もと来た道を戻ります。が、ちょっと疲れが出たのと、雨で足場が悪くなったのとで滑って転ぶ人続出?というか私が転びました。杖のおかげもあり、大事には至らず。このハイキングでは往復で10回川渡をします。大した距離でも深さでもありませんが、ガイド二人がかりで手を取ってサポートしてくれました。靴がきれいになっては、また汚れるという微妙な繰り返し…
こういう時は水陸兼用スニーカーがおすすめです。
またお気づきのように私、非常に目立つ装いをしていますが、これはすぐに乾く素材のものを選んでいるからです。上のパーカーがもとはラッシュガードで、ぬれても平気なものです。
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途中ランチをはさみ、無事もと来た入口まで戻ってきました。すると一足先に戻っていたガイドがココナッツをもって待っていてくれました。う~、おいしい~~~。ミクロネシアのココナッツはマーシャルのよりも甘いです。味は梨のような感じです。マーシャルのは酸味があります。土があるところとサンゴ礁の土壌の違いって大きいんですね。

雨が止むことはなく、本当はそのあとガイドのお父さんの操縦の元、マングローブのジャングルをカヌーで回る予定でしたが、強風吹き荒れる状態になってしまい急きょ翌日に延期に。一同車に乗り込んで宿に戻りました。

「戻ったらあったかいシャワー浴びて、昼寝をしよう」と誰もが思っていたのですが、なんと停電。電気モーターを使っているためシャワーはもちろんトイレも使えません。コスラエではよくあるんだそうです。ま、マーシャルもそうだけど。とりあえず暖かい服に着替えて、一同昼寝。

さすがにトイレが流れないのはきついということで、外にある水タンクから水を何往復もして運びました。持参したレインジャケットとレインパンツが役立ちました。

夕方には電気が復旧し、一安心。

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外食はせずに、自分たちで買っておいた食糧を消費することに。缶詰、コスラエきゅうり(モロQ)、パン(これが侮れないくらいおいしいのです)、となかなかつつましくも、贅沢な食卓に。
都会のポンペイとは違って、コスラエは物資が頻繁に届くわけではないので、お店にものがほとんどならばないときもよくあるそうです。しかし、大洋州に共通する底力といいましょうか、ココナッツでのどを潤し、パンの実でおなかを満たし、海の恵みで蛋白源を取ることが可能なので私たちに必要な「物資」がなくても、飢えることがありません。だからでしょうか、切迫した緊張感が感じられないのは…?

そんな離島色満載のコスラエも残すところ、あと一夜となりました。
最終日はあの方のナビゲートでコスラエを楽しみつくします。
次回に続く…
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by jpt-in-Marshall | 2013-06-30 03:31 | 旅のお話

Trip to Micronesia Day5-6 Great nature of Kosrae awaits us(コスラエの森を行くの巻)

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飛行機の時間は午後、というわけで最後の最後までポンペイを楽しむことに。わたしはメインストリートをカメラとともにお散歩。途中で変なおばちゃんに遭遇して、意味もなく笑わるいうアクシデント?もありましたが、犬に襲われることなく無事にスペイン時代の壁跡が残る公園や、古い教会を見て帰ってきました。
しかも、道すがらリサイクルショップをのぞき、メキシカンなジャケットに一目ぼれ。マーシャルでも肌寒い日はあるし、何より日本で着たい!という思いが勝り購入。値札は$6.99でしたが、実際には$3ドル弱。ええ買い物やわ~。

非常によくしてくれたホテルを後にして、一同空港へ。なんと、環境隊員と体育隊員が見送りに来てくれました!ポンペイ人全員の注目をあびつつも、彼らはお見送りの儀式と称して、ダンスと歌を披露してくれました。感謝です~~~。
登場待合に入ってさらにびっくり。なんと広域研修でパラオに行っていた小学校教師隊員が同じ飛行機に乗っていたのです。今回は会えないとあきらめていた同期のコスラエ隊員と思いがけず再会できて感動!
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ちなみに私が来ているド派手なジャケットがリサイクルショップでの戦利品。

飛行機は小一時間ほどしてコスラエに到着。プチ都会のポンペイ(コロニア地区)とはうって変わって、よりマーシャルに近いものを感じました。というかマジュロの中でもローラとか、マーシャルの離島のような…つまり、何もない、ということです。大きな商業施設はなく、物資も非常に限られます。しかしコスラエのポイントはそんなところにはありません。うっそうと生い茂る森、マングローブとサンゴ礁という世界的に見ても稀なコンビネーション。コスラエは知る人ぞ知る秘境なのです。

本当はTreelodgeという素敵な森の中のコテージに宿泊予定だったのですが、先方の都合で彼らが所有するアパートに宿泊することに。
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マングローブの林の中にあるTreelodgeを目の当たりにして、ますます泊まれないのが残念でした。レストランも素敵です。
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静かで緩やかなコスラエの風に吹かれてコスラエの第一夜を過ごし、翌朝一同は車に乗り込んで島内観光へ繰り出しました。
「仕事が大好き」とマーシャルでは聞かないようなセリフをさらりといいのけるテドリック氏(グアムで仕事していた経験あり)のガイドの元、資料館でコスラエの歴史をお勉強してから、コスラエにある日本時代の戦跡などを巡りました。
旧無線所
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そして次に向かったのが、洞窟。テドリックが合図を出すとそこからは無数のコウモリ…ではなく、ツバメの一種が登場。
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そしてお次に連れていかれたのが船着き場。「船長兼ガイド」を待つ間日本在住歴が長く、日本語がペラペラなおっちゃんとおしゃべりして過ごしました。妙に鍛えた体とそれを強調した服を着ていたので、只者ではないなと思ったら…なるほど日本のジムで鍛えているのでしょう。
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ボートに乗り込み、いざ出発!となったのはいいものの、このあたりで大雨にやられる一同。そう、ミクロネシアはマーシャルよりはるかに雨が多く、特にコスラエは雨の日のほうが多いくらいの豪雨地帯なのです。ずぶぬれになりながらも、一同マングローブの林にテンションが上がりいよいよ手つかずの森、イエラの森に上陸しました。そこには完全なる熱帯雨林,rain forestが広がっていました。
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「屋久島の森をもっとすごくした感じ」だとか「もののけ姫の森」と様々な形容の仕方があるようです。

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カヌーの素材になる「カ Ka」という木です。
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コスラエの観光目玉となっているイエラの森ですが、マーシャルと同様の土地制度のため、あくまで私有地です。この森はおよそ10の一族が所有しているそうです。ガイドさんはその一つの出身で、観光だけではなく地元の学生たちへの教育のため団体を作り、ガイドをしているとのこと。そこに至るまで、協力隊の観光隊員が苦労をしたという話を後日知るのですが、地主自らそういうことをやり、観光客にいろいろと説明してくれるというのがマーシャルにはないなぁ…とまたまたマーシャルと比べてしまったり。
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手つかずの森林には、普段お目にかかれないような自然の不思議がいくつも転がっています。
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マーシャルには海こそあっても森はないので、森の神秘に大いに癒されました。

そして次の日はまたまたミクロの不思議に触れてきました!
次回に続く
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by jpt-in-Marshall | 2013-06-27 17:03 | 旅のお話

Trip to Micronesia Day4 Slow day in Pohnpei (ポンペイの休日)

☆旅のお役立ち情報 ☆
日本式ラーメンを食べるなら→ネッチラーメン(ケンちゃんラーメン)
日本語ペラペラのガイドさんなら→ケンジ君
眺めの良いテラスでおひとり様なら→Ocean View Hotel
なぜか日本のマカダミアナッツチョコが売ってるのは→Ace Commercial

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ポンペイ四日目は日曜日。クリスチャンの国ですから、ほぼ営業がストップしています。そんなときはこちらものんびりモードに徹しましょう。

午前中はのんびりして、お昼近くになってポンペイの環境隊員さんと合流して、とある場所に向かいました。

そこは、なんと!
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ラーメン屋さん。

実は前日つきっきりでガイドしてくれたケンちゃんのもう一つの顔が、日本式ラーメン屋さんだったのです。日曜日も営業、ということでさっそく食べにきました。
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「日本から帰ってきて、何か変わったことがしたいなと思って」と始めたのが日本のラーメン屋さん。麺も手打ちの本格派です。
東京で出会って結ばれたフランス人の奥様と二人で切り盛りしています。

ラーメンでおなかを膨らませたあとは、ソケースロックマウンテンに行く人たちと別行動。私はハイキングよりおおひとり様カフェをしに、お気に入りのOcean View Hotelのテラス席へ。
日本にいたときは一人旅派だったのですが、こちらは一人でふらりと旅をするのが難しいので、自然と小さい団体旅行になります。たまには一人になるのも大事ですよね。ということで、1時間ちょっと、一人で日記を書いたりしていました。
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夕方に近い時間になったので、少しお散歩をしてみることにしました。本当はいろいろ歩いてみたかったのですが、犬という強敵がいるためできずにいました。しかし、傘という武器があるのをいいことに、お散歩にチャレンジ。アミモノのお土産屋さんにまた行ってきました。マジュロだったら高くなる、日用品が安く売っているお店を見つけて、またまた買い込んだり。
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夜はサプライズ。日中釣りに行っていたポンペイ隊員さんが、釣りたてのお魚で私たちをもてなしてくださったのです。水産のシニアの方が、本格的なおつくりを作ってくださいました。場所はポンペイのドミトリー。マーシャルのと比べて広さは変わらないのですが、居間がオープンなので広く感じました。

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ポンペイの隊員さんは男性が圧倒的に多く、みな頑丈な感じで(笑)、動きがきびきびしていたのが印象的でした。そんな頼もしいポンペイ隊員さんたちに、非常にお世話になって私たちのポンペイの旅は終わりを迎えました。本当にありがたいことです。この場を借りてお礼申し上げます。マーシャルへいらした際は、大歓迎いたします!

そしていよいよ、自然の宝庫コスラエへ!
次回に続く
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by jpt-in-Marshall | 2013-06-26 13:39 | 旅のお話

Trip to Micronesia Day3 Nan Madol(古代遺跡とポンペイ島一周の旅)

☆旅の情報・☆
・日本食材が手に入るお店→よしえ、イサム・ナカソネストア
・洒落たバーレストラン→Rusty Anchor ピザがおいしいと評判、眺めも最高
・ローカルフードや名産胡椒を買うなら→ローカルマーケットがおすすめ
・ビールをどこよりも安く買うなら→ブルーナイル

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ポンペイ3日目は、やや早めのスタート。8時にはロビー集合。ほどなくして少年のようなガイドさんが到着。お名前はケンジさん。お母さんが日本人のハーフなのです。日本にも6年ほど住んでいて、仕事もしていたということで日本語力だけではなく、日本的接待力もしっかり身についた方でした。
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ケンちゃん(ケンジさんの愛称)の車で島一周と名所めぐりの旅がスタート。コロニア市街とは違った村の景色ほどなくして始まりました。最初にたどり着いたのはポーンパイプペトロギリフィスという岩肌の場所。なんとここには古の時代に描かれた線画が残されているのです。
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次は、ケプロイの滝。ポンペイにはたくさん滝があるのです。もちろんマーシャルにはありませんから、久々に一同マイナスイオンを浴びまくってきました。ケンちゃんが途中でたくさんマンゴーを買ってくれたので、マンゴー、そしてケンちゃんが用意してくれたお菓子をほおばります。マジュロで癒しが必要な時のために、ワタクシ、動画もしっかり撮ってきました(笑)
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その次はいよいよ真打、神秘の古代遺跡ナン・マドールです。潮が引いてしまっていたので、ボートで上陸がかなわず、陸路で行くことに。ポンペイもマーシャルと同様すべて私有地なので地主にお金を払います。マングローブの林を抜けると、見えてきました。巨石の山が!
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古代のポンペイ人は文字を持たなかったため、歴史、ゆえんといったすべてのことがはっきりしないといわれています。もちろん最近は研究が進んで、わかってきたことも多いようですが、それでも不明な点が多いナン・マドール。
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見学は結構サバイバルです。雨が降っていなくて本当に良かった。当然ですが、ビーサンでの見学は避けましょう。
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巨大な石の遺跡に圧倒された一同は、そろそろおなかも減ってきたためランチのため再びドライブ。田舎の中の小さな食堂、と言って侮ってはいけない。なぜならここはマーシャルではないから(笑)どうしてポンペイはすべてにおいてこぎれいなのでしょう。すべてが小汚いマーシャルとは違う点ですね。ケンちゃんおすすめのスペシャルランチはボリュームたっぷりお手頃価格で大満足でした。
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島内一周の旅も後半戦に入りました。かつての名士の銅像を見たり、政府機能が終結した首都のパリキールに入った途端、一同唖然としてしまいました。
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す、すごすぎる・・・・

ぴっかぴか、という形容がふさわしい、立派な建物、そしてソーラーパネル。やはり日本によるものだそうです。「やっぱ日本ってすごいね」と一同変に納得。

旅の最後を締めくくるのは、巨大ウナギ。こちらの人はあまり食べないそうですが、ビジュアル面からすると日本の鰻に慣れてい身としては、そらまあ、むりだわな、と。しかしこちらではファミリーのトーテムがウナギ、という一族もあるので、その一族はウナギを食べてはならない、という決まりもあるのです。
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お葬式直後の普通のおたくの裏庭の川にずかずか入り込んで、一同ウナギ見学。
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丸一日、ケンちゃんにお世話になったわけですが、いろいろ話していてケンちゃんは日本にいた経験が人格形成に大きな影響を及ぼしたんだな、ということがよくわかりました。日本で学んだことを、自分の故郷であるポンペイで生かすべく、自ら努力を惜しみません。ガイド業も自ら開拓し、今後もさらに発展させたいとのことです。終始、一同ケンちゃんのやさしさと向上心に胸打たれっぱなしでした。前日のアミモノ屋のおばちゃんといい、ケンちゃんといい、久々に向上心を持ち、努力を惜しまない人に出会った気がします。協力隊として活動している私は、彼らに大きく感銘を受けました。
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実はケンちゃんはガイドとしてだけではなく、別の顔も持っているということが判明したのですが、それはまた今度・・・

(次回に続く)
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by jpt-in-Marshall | 2013-06-24 16:23 | 旅のお話

Trip to Micronesia Day1-2 ポンペイ・コロニア町散策②

☆旅の情報・宿泊先とレストラン☆
*Seven Stars Inn
(ポンペイで宿泊したホテル。日系人が経営。エコノミーホテルだが、センスもよく、きれいにしているので好印象。何か頼んでもすぐに対応してくれる。スタッフは皆親切。お土産物のアミモノのセレクションはセンスが良く、結局私はここで一番多く買い物をした。)

*Sei Restaurant 
(90歳の日本人男性がオーナーのレストラン。ポンペイ生まれでここでは名が通った日本人らしい。)

*Ocean View Hotel
(リゾートホテルの特徴をやや醸し出している。テラスはこじゃれている。一人のんびりするのにピッタリ。JICAシニアボランティアの住まいとしても利用されているらしい。)


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(前回からの続き)
そのアミモノ(現地ではそう呼びませんがマーシャル式に私たちはこう呼んでました)屋さんで物色を始めた私たち。お目当てを見つけるも、焦ることなくほかのお店も見に行くことに。とっくに終わったのに「クリスマスセール」のバナーをつけているお店は、本当にディスカントしてくれました(笑)私は最初のお店で小さなオーナメントを大人買い。日本の友達へのお土産です。いざお金を払おうとした、その時、事件?は起こりました。

オーナーのおばちゃん、Audreyさんが私のお財布にくぎ付けになったのです。それはマジュロに来てすぐ買ったアミモノのお財布でした。

「マーシャルのアミモノでお財布を見たことがあるの。ねえ、お金を払うから買って送ってくれない?」

なんでもマーシャルのアミモノを研究しているのだそうです。確かにマーシャルのアミモノに似ているなと思っていたわけです。

「いいですよ」と答えたものの、よくよく話を聞いてみると、Audreyさんがほしいのは2つ折り財布のこと。今マジュロのアミモノストアでは見かけることはありません。そう伝えるとなんとAudreyさん、
「あなたの、それ頂戴。ほどいて研究するから」と言い出すではありませんか!

「いや、お金をいただければちゃんと新しいのを買って送りますよ。私のはもう古いですから」と言いましたが、Audreyさん、聞く耳を持たず
「これと交換する?」
と店内の売り物バッグと交換しようとするではありませんか!?が、私もちゃっかりしたもので実は気になっていたバッグがあったのですが、それが$20と高めだったのであきらめていました。そんなわけでダメもとで「じゃあ、これと交換する?」と聞いてみたらなんとあっさりOK。
さすがに悪いと思い、つけていたマーシャルのアミモノイヤリングを差し上げようとしたのですが、「いいのよ、大丈夫」とのこと。

わらしべ長者になった気分で、そのお店を出ました。

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マーシャルのアミモノは基本的に淡色です。白とせいぜい淡いベージュのみ。それはそれで美しいのですが、ポンペイのそれがこげ茶をうまくさし色にしているため「かわいい!」と女心をつかむのはポンペイのアミモノですね。しかし一目一目の精巧さや繊細さに関しては、マーシャルのアミモノに軍配が上がります。
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朝一番のお買い物に一同テンションが上がり、そのまま車を北上させます。ソケースロックがきれいに眺めるところで、カップルの邪魔をしていることに気づかずに撮影会をしたり、マーシャルの調整員さんと同姓のスーパーや日本のものを扱うよしえに行って、品ぞろえの豊富さにショックを受けたりして、なんだかんだで午前中はスーパーめぐりに。ポンペイにはマジュロのペイレスやアイランドプライドのような大型スーパーはありませんが、フォルモサやコストプライスレベルの大きさのお店がいくつかあります。マジュロと違うのは、ローカルが運営権をしっかり握っているということ。そのため店内もこぎれいに整理され、アメリカのもの、中華系のもの、日本のもの・・・と偏りがなく品物をそろえている印象を受けました。マジュロでは買えないものやあっても高いものが安く手に入ったりすることがわかりちょこちょこと買い物をしてしまいました。
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すっかり買い物魂に火が付いた私。ポンペイではシティライフを楽しみ、マーシャルでは手に入らないものを変えるだけ買って帰ろうとひそかに決意したのでした。そんな私の心も知ることもなく一同はよしえでコスラエ隊員さんたちへのお土産などを購入。そしてポンペイの刺繍スカート(ポンスカ)のお店を見たり、市場ハシゴをしたりしました。マーシャルと違って自生している植物や果物が多いミクロネシアでは、マンゴーもかごいっぱいでお手頃価格です。
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「もはやだれも使っていない教会?」と勘違いしてしまったある意味雰囲気のある教会で写真を撮ったり、前夜に入り損ねたカレー屋さんで日本的カレーを食べたり。
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夕方はポンペイ隊員とディナー。Rusty Anchorという洒落たバーレストランに連れて行ってもらいました。同期隊員も来ていて久々の再会に喜ぶ一同。
そんなこんなでポンペイの夜は更けていきました。翌日はいよいよ、ポンペイ名物のアレを見に行きます。

(次回に続く)
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by jpt-in-Marshall | 2013-06-24 06:50 | 旅のお話

Trip to Micronesia Day1-2 ポンペイ・コロニア町散策①

☆旅の情報・ポンペイ語☆
カスレーリエ (こんにちは)
カナンガン  (ありがとう)
マウ     (いい)
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6月6日から14日までお隣の国ミクロネシア連邦へ任国外旅行をしてきました。

シニアボランティアは制限はありませんが、協力隊に関しては任国外旅行で行ける範囲が非常に限定されています。
ミクロネシア、パラオ、アメリカ(ハワイ・グアム)、PNG、フィジーなどです。残念ながらアジアは含まれていません。フィジーに行きたいと去年は思っていたのですがいざ調べてみたら高くて無理・・・この辺りは航空運賃が世界でも最高値なのです。しかも日本からいったほうが絶対安いだろう・・・と。そういうわけで私は日本に帰ったら行く機会もないであろうミクロへの旅を決めました。メールでマーシャルの日本人仲間にお知らせをして旅の友を募り、3人が乗っかってくれました。シニアお二人と同期のHリン。シニアに関しては車の運転資格があるKさんと看護師のC姉が一緒ということでとっても頼もしい気持ちになりました。


さて、うきうき気分で迎えた出発日。私の同僚Kが車を出してくれて空港まで送ってくれました。彼女は私の旅行中に帰国し、ペルーの学校に転職してしまうためその日がお別れ。

私と同期のHリンはマーシャルに来た時、異例の措置でハワイ経由でした。そのためアイランドホッピング初体験。とはいえ、クワジェリンとポンペイ、2つだけのストップなので「アイランドホッピングを経験したとは言わない」とほかの隊員に突っ込まれてしまいました。

「窓側席」だと思ったらなんと壁。窓の外が見えない~~~というわけで、免税品のカタログに集中することに。こういうおしゃれだとか、ブランド品だとか日本ではあまり考えませんでしたが、マーシャル生活1年ともなると、そういうものが非常に新鮮なのです。女子3人のブエブエナート(おしゃべり)がやむことはなく、あっという間にポンペイに到着。2年前に日本の援助で完成したという新しくて現代的な空港に一同感動。だって、マーシャルの空港はいまだに木造ですからね・・・
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空港にはちゃんとホテルの送迎車が来ていて、ほどなくコロニアの閑静なエリアのホテルで車は止まりました。目の前には大きな木。マーシャルは環礁の島なので山がありません。しかしポンペイは火山があるので自然が豊かです。木々が多いせいか空気がきれいな気がしました。
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荷ほどきもそこそこ、一同町へ繰り出します。買い出しもしたいし、まずはJICAミクロネシアにご挨拶に行かねばなりません。町の中心を縦断するメインストリートを歩きながら、お店などをチェック。ミクロネシアにはマーシャルよりもたくさんのボランティアが活動していることもあり、調整員さんも複数いらっしゃいます。またポンペイには100人近くの日本人がいるとかで立派な日本人会があるそうです。

いい時間になり、おなかもすいたので晩ご飯を食べに行くことに。近くにカレー屋さんがあるということで行ったのですが、すでに閉店。しかしその裏にレストランがあることが判明。恐る恐るドアを開けてみると、聞こえてきたのは「はい、どうぞいらっしゃい!」矍鑠とした日本人のおじいさんが切り盛りするレストランでした。夜はブッフェでいろいろなおかずやチャーハン、お味噌汁が楽しめます。木を基調とした内装と、シャコガイのランプと、マーシャルではお目にかかれないしゃれた内装に、一同感動。ご飯がより一層おいしく感じられました。

翌日はホテルでレンタカーを借りて、Kさんに運転してもらいコロニア市内観光。まずは近くにあるOcean View Hotelで朝食。ソケースロックと海を臨むテラス席でいただく朝食は、本当においしく感じられました。
「マーシャルのホテルも、内装とか景色をよく見せる工夫をすればいいのに・・・」とマーシャル批判が口から出てしまいます。ここのテラスレストランは味はともかくとして、雰囲気がよくすっかり気に入り、後日おひとり様カフェをしに来たほどです。
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おなかもいっぱいになったところで、車を走らせます。まずはカピマランギ村というポンペイの手工芸品のお店が集まるエリアへ。このカピマランギ村に住むのは実はポンペイ人ではありません。メラネシアにある島の人たちが自然災害のため、住むところを失いそれをポンペイが受け入れたということで移住してきた人たちなのです。彼らはもともとカービングの技術を持っていたので、カービング、そしてマーシャルのアミモノのようなパンダナスとココナッツの葉を使った手工芸品を作り、ポンペイ名物のお土産として現金収入を得ています。
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ある一つのお店の前に車を止めさせてもらったら、なんとそこのお母さんがお店のオーナーさんでした。この後、ちょっとしたハプニングが起こりました。ミクロ探検隊の運命や、いかに?(次回に続く)
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by jpt-in-Marshall | 2013-06-23 17:42 | 旅のお話

わたしの夏休み①

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夏休みが始まって、早くも3週間ほど経過しつつあります。気が付けば6月ももう末。まる1週間ミクロネシア(ポンペイとコスラエ)を旅行し、マーシャルに帰ってきてからはほぼ毎日JICAオフィスに通って仕事や語学の勉強をしたり、日本語プライベートレッスンが始まったり、帰国した先輩隊員の大量の置き土産の整理をしたり、といろいろやっていたらさらに1週間があっという間に過ぎてしまいました。

与えられた長い夏休み。1日1日を大事にしたいものです。

今週の土曜日は非常に充実した一日でした。

午前9時
MJCCのオーナーさんご一家と大使館の方と一緒に近くの離島エネコへピクニック。
RREというホテルの敷地にある船着場からボートで約20分程度。実はここ1週間雨が続いていたのですが、天は私たちに味方してくれたのか、とってもいいお天気。海も鮮やかな青が冴えてます。

にもつをおいて、そうそうに海へ繰り出します。時間的に潮が引いていたので、沖に出なくてもサンゴがきれいに見えました。
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透き通るほどのきれいな海!

私はシュノーケルセット、フィン、そしてライフジャケットという完全防備でシュノーケルを始めました。サンゴ礁は正直言うと結構グロテスクなビジュアルです。だからあまり好きではない人もいます。私も最初に見たときは「脳みそみたい」と思ったほどです。ただそのサンゴに目を凝らしてみると、色鮮やかな熱帯魚が見えてきます。シュノーケリングの醍醐味はずばり熱帯魚です。
昨日は熱帯魚が群れになって泳いでいるのが見られて感動しました。

サンゴ礁をじっくり見つめながら、ゆったりシュノーケリング。ライフジャケットを付けていると泳ぐ必要もなく、おぼれる心配もないので安心です。
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しか~し、珊瑚の森を堪能するのはいいのですが、気を付けなければならないことがあります。
珊瑚はあくまで生き物なので毒を持っていることも。素肌に触れたり、素手でつかんだり、素足で踏んづけたりしてはいけません。その時はなんでもなくても後になって高熱が出たり、はれ上がったりすることがあります。現に先日帰国した先輩隊員は掌が腫れ上がって、指が曲がらないほどでした。
なので、サンゴ礁の国や地域にいらしてマリンアクティビティを楽しみたい方は以下のものをお忘れなく。

・ラッシュガード:長袖、レギンス、短パンかメンズの海水パンツを上にはくとよい
・軍手:掌の部分がゴム状になっているとなおよい(マジュロのスーパーにあります)
・マリンシューズ

それから、シュノーケル用でなくとも水陸兼用のスニーカーがあると重宝します。大雨の日にはけるし、隣国ミクロネシアでハイキングをする際よく雨が降るのと、川を渡ることが多いので。

話をピクニックに戻しましょう。お昼はオーナーさんの奥様が作ってくださった焼きそば、大使館の方が作ってきてくださったおいしいおにぎりや、そのほか羊羹などの甘いものをいただきました。私はメー(パンの実)ときゅうりとふりかけでサラダを作って持参しました。

ブエブエナートに花を咲かせて、休憩。とても面白いひと時でした。

もう一度シュノーケルをして、海岸で貝殻拾いをしていたら、あっという間に帰りの時間が来てしまいました。心地よいけだるさを感じながらボートに乗って、潮風に吹かれながらマジュロの町に戻ります。

今度改めてミクロネシア旅行記を更新しますが、ミクロにはマーシャルにないものがたくさんありました。それでも海の美しさはマーシャルが最高だと思います。
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3時ごろには自宅に戻りましたが、私の一日はこれで終わりません。夜はわが相棒、このブログでもおなじみの日本語教師隊員、M女史の誕生日前夜祭の主催者としての仕事が待っています。

M女史の大好物のケーキを取りに行ったら、ホールで予約していたのにもかかわらず1ピース誰かが取ってしまっていて、やや疲れ気味だったのでプチ切れ。交渉の結果別のケーキを添えてもらうことに。マーシャルではあまりネガティブな感情を表に出すのは好ましくないので、いうべきことは言いつつも必死に怒りを抑えて笑顔を見せました。それが功を奏したのか、1ピースだけではなく合計3ピースのおまけがついてきました。

会場となる別の隊員の家に行って、お料理の用意。私はたことセロリとトマトソースでリゾットを作りました。
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そうこうしているうちに、お客さんが集まり主役の登場。ご飯を食べながら歓談。しかし主催者であるわたしは時間を見計らって「サプライズ」を小出しにします。

サプライズ1:大好物のバナナクリームパイ登場&みんなからのメッセージ
サプライズ2:プレゼント
そして極め付けが
サプライズ3
M女史のお顔にクリームをべちゃり(爆)

これは長い間私の夢だったので、実現できてうれしいです(爆)

これだけサプライズが多いとM女史も照れるのか「やりすぎだよ~」と言ってましたが、うれしいのは明らか。普段みんなにおいしいご飯を振る舞い、お笑い芸人の100倍の面白さで沸かしてくれるM女史の生誕記念ですもの、普通には終わらせられません!

「昼間エネコに行ったとは思えないほどエネルギーにあふれてるね」だの「どうしてそんなに元気なの?」と散々言われましたが、さすがに疲れも感じていたのでサプライズを完了させ、ある程度片づけを手伝ったので早々に退散させていただくことに。

M女史にとって一生の思い出になれば幸いです。
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by jpt-in-marshall | 2013-06-23 14:33 | マーシャル徒然

卒業式

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先週末は赴任先のCOOP Highschoolの卒業式でした。COOPカラーは赤なので、卒業式のアカデミックガウンももちろん、赤。式の運営を手伝う11年生のユニフォームシャツも赤いアロハ。
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卒業生入場の曲は日本と同じ威風堂々。
COOPは私立校でしかもほかの学校と比べて人数も少ないので、式自体もこじんまりとしていましたが、一人一人を丁寧に送り出そう、という温かさがあり、また卒業生にしても先生一人ひとりへの感謝を表現してくれて、じんとくる式でした。ついこの間自分が卒業生だったのに、いつの間にか送る立場の人になってしまったというのも、ある意味感慨深いです(笑)
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卒業生への祝辞として来賓からのスピーチがあったのですが、卒業生へのアドバイスという内容でした。中でも
「大学に行ったら、お金の遣い方に気をつけなさい。大学生はすぐにお金を使い切ってしまうところがある。」ちょっと笑えました。でも、とってもありがたいアドバイスですよ、卒業生諸君!!

一見アメリカンなgraduationですが、やはりここはマーシャル。pacific styleもちゃんと取り入れられています。卒業生には花のレイ、来賓にもレイや花冠。そして私もスタッフの一員ということで、シックなレイをつけてもらいました。
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卒業生の中で5人(途中から4人になった)が私の日本語クラスにいました。最初は正直「扱いにくいティーンの女子軍団」という印象があり、授業も午後だったのでだらけがちでしたが、だんだんお互いに慣れてきて、しまいにはボケと突っ込みの関係に。なんだかんだで一番おもしろくて、大好きなクラスになっていました。このクラスは例のモモタロウプロジェクトを進めたクラスでもあります。1年間がんばった・・というか日本語を楽しく勉強してくれたことに感謝しています。

May You Have Wonderful New Life!!!!
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by jpt-in-Marshall | 2013-06-03 18:57 | マーシャル徒然

変わったこと

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2012年は本当に激動の1年で、良くも悪くもいろいろなことがありました。4月に協力隊の訓練が始まり、7月に約1週間遅れでマーシャルに入国し、語学研修、そして赴任先での仕事が始まりました。気が付いてみれば今は年も変わって2013年も半分が過ぎ去ろうとしています。

まあ振り返ろうとすると、どうしてもしみじみしてしまいますし、前回はどこかじめついたことを書いた気がするので、今回は自分のポジティブな変化にスポットを当てて書いてみようと思います。

せっかく初めて海外で生活をし、仕事をするのだから、任務の活動だけではなくいろいろなことをやってみたいと思うものです(あくまで身の安全を考えて、という話ですが)。とくに「今まで自分ができなかったことができるようになりたい」という思いが強いです。

自分ができないことはたくさんあります。比較してもしょうがないのですが、ほかの人が普通にできることなのに、私はできない、ということもたくさんあります。たとえば私は車の運転ができません。運転免許すらとったことがありません。どうだ、すごいだろう、とこれは半分自慢です(笑)。協力隊員は車の運転が禁止されているのでマーシャルでは問題にならないのですが、今後のことを考えると免許取ったほうがいいのかな、とも思うのですが、自ら地球環境にダメージを与えることをするのもなあ、と思ったりもするので死ぬまで無免許を貫くのもいいのかもしれません。

閑話休題。とにかく日本のように何でも手に入るわけではない(ほかの国よりかは手に入りやすいですが)マーシャルで、「欲しいものは作る」という姿勢が大事です。自分が挑戦したのは小豆をゆでてあんこを作ることだったり(大したことないか・・・)、手縫いでスカートやバッグを作ったり、アミモノでオリジナルのアクセサリーを作ったりしています。ほかにも、過去に記事に書きましたが、パワーポイントを作ることを含め、派遣訓練前と比べてIT活用の知識が格段に増えました。仕事にも生きるのでこれは本当に良かった。これもPC隊員のおかげですね。感謝です。

もう一つ、日本で仕事をしていた時と変わったことは、自分が今までとは異なる社会にいるということです。これからの時代は助け合いの時代だといわれています。コミュニティーの中で、特定の誰かだけが利益を丸儲けするのではなく、互いがそれぞれの持っているもの(モノ、技術など)を分かち合い、補い合うことで循環型の現代的なコミュニティーを再構築していく。私は訓練時代、そしてマーシャルで暮らしていて、この助け合い、分かち合いの実践の中にいることを肌で感じています。たとえば訓練時には、PC隊員がPCトラブルを丁寧な解説付きで解決してくれたり、海外に持って行ったほうがいい付属品を教えてくれたりしました。またマーシャルでは看護師隊員に本当にお世話になっています。料理の作り方、浴衣の着方をシェアしたり、一緒にウクレレを弾いたり、大洋州の踊りを練習したり。それも、いろいろな人が協力隊に集まってきているからなのかな、と思ったりします。協力隊は究極の異業種交流です。もし私が協力隊に参加していなかったら、これだけ多くの職種の人たちと知り合うことはなかったでしょう。各々が活躍するそれぞれの分野の話を聞けたのも、この1年余りの自分の変化を生み出したものの一つだと信じています。

この1年余りに変化した自分が、さらにもう1年、どう変わっていくのか楽しみなところです。またそのポジティブな変化を、日本に帰ってからも大事にしたいなと思います。
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by jpt-in-Marshall | 2013-06-03 18:44 | 自己紹介のような呟き

究極のシンプルライフ?

「自宅でなにしてるの?」とよく聞かれます。比較的自宅にいることが多い私は、特にこの1か月、仕事が忙しいこともあり外出や外食は控えて、自宅で本を読んだり、DVDを見たりして過ごしていました。
日本からいろいろ送ってもらった本の中に、マーシャルに来る前から気になっていたものがありました。

ぼくはお金を使わずに生きることにした

マーク ボイル / 紀伊國屋書店



自給自足、Self-sufficient lifeってやつですね。表紙を見れば一目瞭然です。この拝金主義的世界の中で、いかにお金に頼らず、というかお金を使わずに生活できるか、貨幣主義、資本主義でめちゃめちゃになった地域社会・文化をどう再生させるか、ということに個人的に興味があるので
この手のものは時間がある今のうちに読んでおきたいと思うのです。特に物資の限られた途上国で・・・とは思うものの、実際にはマジュロはアメリカの経済的支援(それも物議をかもす方法論ですが)により、アメリカの片田舎レベルの生活ができるわけです。お隣のミクロネシアと比べると、ものも手に入るし、生活も恵まれているそうです。

話がそれましたが、そんな環境で読んだこちらの本。

感想を一言でいうならば、自給自足生活は、決してシンプルではない、ということです。

どういうことかといいますと、持っている「モノ」は確かに少ないのでシンプルです。しかし、すべてを自らの手で生み出すか、持っている人と交換するか、という生活は非常に手間がかかり、濃密なコミュニティーに属していなければ不可能だからです。たとえばお湯が必要なら、水汲みに行って火おこすところから始めなければなりません。現代社会で何気なく行っている作業にも数時間かかることだってままあるのです。また人間関係の構築も死活問題として大切になってくるので、地域の集まりに参加したり、また著者はそう言った運動をしている人なのでワークショップやイベントの企画運営に常に東奔西走しています。

もちろん自給自足もやる人によってそのライフスタイルは様々だと思いますが、必ずしも「自給自足=シンプルで緩いスローライフ」という図式が成り立つわけではなさそうです。

「心の底から破壊を好む人間はいない。他人に苦痛を与えて喜ぶ人などそうそうおめにかかるものではない。それなのに無意識に行っている日常的な買い物は、ずいぶんと破壊的である。」(P17)

「僕自身は取り立てて、従来の意味で精神的(スピリチュアル)な人間ではない。僕が心がけているのは、『応用精神主義』。自分の信条を抽象的に語るだけで済まさず、現実世界に当てはめて実践することだ。頭と心と手の間に矛盾が少ないほど、正直な生き方に近づく。(・・・)精神性と物質性は同じコインの裏表にすぎない。」(p27)

「どれだけ得られるかではなくてどれだけ与えられるか」(p248)

残念ながら私には自給自足生活はできそうにないけれど、物であふれる日本に戻ったとしても自分の生活スタイル、消費スタイルを変えることはできると思うのです。そんな私は最近、技術を身につけたいです。必要ならば自分である程度生み出せる技術。布を作ることはできないけれど、ほしい服があれば自分で作ってしまえたりするような。

過剰から少な目へ。バランスの取れた生活をしたいと思う今日この頃。
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by jpt-in-Marshall | 2013-06-02 11:59 | 読書備忘録