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Marshallsに日本語があるかぎり


2012~14青年海外協力隊員としてMarshall Islandsで日本語を教えていました。マーシャルのあれこれ、日本語教育事情などいろいろ綴っています。
by jpt-in-Marshall
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昔の「南洋」

面白い本を読みました。

MJCCのオーナーさんにお借りした本です。

南洋通信 (中公文庫BIBLIO20世紀)

中島 敦 / 中央公論新社



高校の現代文の教科書にも出てきた中島敦はほんの一時ではありますが、南洋庁のお役人としてパラオに赴任していました。

島民の「皇民化」という目的のため教科書を作るという使命があったようです。

そんなイデオロギーと現実との間に板挟みになった中島敦の葛藤もつづられていますが、気候が合わないとか、家族が恋しいとか、文化に飢えているさまが結構ウエットに語られている書簡集も収録されています。

マーシャルのジャルート(当時はヤル―トと発音していた)にも訪れていて、ついこの間赴いた私としてはとっても興味深かったです。

ちなみに当時の中島敦は今の私と同い年。

マーシャルに来る前に読めばよかったという思いもありますが、読んでいて南国の風景描写はここにいるからこそリアルに味わえるのだし、中島敦がぶつくさ不平をもらしていることも、こちらでせいかつしているからこそ共感できるので、やはり今このタイミングで出合えてよかったなと。

by jpt-in-Marshall | 2013-01-06 14:53 | 読書備忘録

Persian cuisine

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昔日本で教えていたころ、学生からは
「先生は絶対料理しないタイプですよね」
などと、強く信じられていました。

顔では笑いながら「ひどいな~、ちゃんと作りますよ」とやさしく否定しながらも、おなかの中では
「ばきやろ~、失礼な奴め!!!」と烈火のごとく怒り狂っていたのですが(笑)

さて、そんな「お料理好き?」の私も、マーシャルではもちろん自炊です。

授業があるときは、学校のカフェテリアの食事をするのですが、休日のランチで時々、テーマを決めたランチ会をしたりもします。

この間(去年の話だけど)は、日本語教師隊員M女史とLunchon meetingがあったので、中東料理をふるまいました。
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フムスとほうれんそうとヨーグルトのペースト、そしてディルをきかせたスープ。

同じく中東料理大好きなM女子には非常に喜んでいただけました。
とくに、スープをお変わりしてくれました。

作り手冥利に尽きますね。

by jpt-in-Marshall | 2013-01-06 08:01 | 趣味いろいろ

小豆

人生で初めて海外暮らしをするにあたり、できたら今までできなかったことに挑戦したいな、と思っています。

と言っても人も物も不足していて、娯楽も非常に少ないここ、マーシャル。

そんなに大きなことはできません。

まずは身の回りのささやかなことから。

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というわけで、人生で初めて小豆をゆでました。

そう、小豆が手に入るんですよ、ここは。

ゆであずきが手に入ることもありますが、やはり挑戦してみたいではありませんか。

とはいっても圧力鍋があれば簡単にできるので、「挑戦」というほど大きなことではないのですが・・・

盲点だったのは、砂糖。

普段砂糖を家においていないので、研修でフィジーに行かれたSVの方にいただいた黒砂糖を入れたのですが、全く持って甘さが足りない・・・

「あんこがあまい」のは砂糖を大量に入れているからなのだと、改めて知りました。
一つ賢くなったよ。

ちなみに、このあんこでこれまた人生で初めてのお焼きを作りました。

by jpt-in-Marshall | 2013-01-06 07:42 | 趣味いろいろ

Day8 Good bye my lovely Jaluit!

月曜日。本当ならまる1週間ジャルート滞在のはずだったのですが最初2二日がつぶれて6日間の滞在となったジャルート。しかし、まだ本当に帰れると決まったわけではありません。最後の最後までどうなるのかわからないのが、ここマーシャルの旅。
しかし、正直言うと何となく「飛行機、飛ぶだろうな」という予感がしていました。それに、ただでさえ忙しい時期なのに、いやな顔一つせずいろいろ良くしてくれたMotenママファミリーにも、フルアテンドでいろいろお世話をしてくれたY氏にもこれ以上迷惑をかけたくなくて、Jaluitを去るのは寂しいけれどもう帰りたいな、帰って楽にさせてあげたいなという思いが強かったです。
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帰り支度を済ませ、少しだけおうちの周りを撮り歩き。
泊まった家のすぐ近くにある日本時代の建物。人が住んでいます。

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Jaluitは本当によかった。やっぱり大きな木があるというのは、いいものですね。
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寝転がって休んでいたら、子供が乱入。
折り紙を折ってあげたら、えらく気に入られたようでUmma(キス)攻撃を浴びました。
とっても個性的な女の子です。

さて、空港に向かう時間がやってきました。袋いっぱいのライム、すっかり虜になったベル-という名のローカルフード、髪飾りをお土産にいただきました。「本当は空港まで行きたいのだけど、仕事があるのよ」と申し訳なさそうに言うMotenママと玄関でお別れをしたのですが、思いがけず目頭が熱くなってしまいました。
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それでも何とかこらえて空港へ。そこで合流したSちゃんとT君。二人もそれぞれのおうちでお土産をもらったりしていました。なんと、私の花飾りとうちわまで用意されているではありませんか!!!どうしてマーシャルの人ってこんなにやさしんだろう!と感動。
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今回は病人の緊急搬送があるとかで、飛行機がなんとオンタイムで到着。ここ数年のマーシャルでは非常に珍しいことだそうです。
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慌ただしく過ごしていたら、あっという間に離陸の瞬間がやってきてしまいました。最後までずっと手を振ってくれたY氏やJaborで知り合った人たち。ついに鉄の女?である私も陥落。本格的に泣き始めてしまいました。
お別れがつらくて、その場を去るのが悲しくて泣く、という経験が正直私にはあまりありませんでした。かろうじて駒ケ根訓練所を去るときにちょっと涙ぐんだくらい。そんな私がこれほどまでになってしまったのだから、自分でも驚きです。

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この旅行をまとめると、今までにない経験をさせてもらったな、と。またマーシャルに来て半年たってやっとマジュロ環礁を出たことで、すっかりアメリカの片田舎のような趣になってしまっているマジュロでは見られない、マーシャルならではの生活マーシャル人のやさしさに触れることができて、心から「マーシャルが好きです」と言えるようになりました。つくづくけち臭い人間にはなるものではないな、と思いました。
できたら赴任中の休暇を利用して、ほかの離島にも足を運んでみたいなと思います。まあ、それにはマーシャル語力が不可欠なので、勉強もがんばります。
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最後にもう一度、Motenママとファミリーのみんな、そしてYさん、本当に、本当にありがとうございました。
また一緒に旅をしてくれたSちゃんとT君、おかげで楽しく過ごせました。無事に帰ってこられてよかったね。

Konmool tata!


by jpt-in-Marshall | 2013-01-05 12:02 | 旅のお話

Day7 Jambo to Jaluit Jaluit

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6日目の土曜日は一同疲れも出てきたのと、お天気も下り坂だったのでひねもすKakije(お休み)。
私もずっとごろごろしていました。
おかげで翌日はすっかり元気になって、ホストファミリーみんなとカトリックの教会のミサへ。こちらではミサ(Mass)と言わずServiceって言うんですね。
カトリックの学校に通っていたこともある私にとっては、ちょっと懐かしい感じがしました。日本語あるいは英語でなら知っている讃美歌もマーシャル人の地声によるハーモニーはまた一味違って新鮮でした。

マジュロでも日曜日に教会のミサ見学をしたことがあるのですが、こちらは、というかキリスト教全般の習慣なのかはわからないのですが、終盤、近くに座っている人たちと、あるいは参加者全員と握手をする時間があります。私は個人的にこの習慣が好きです。
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ジャルートのカトリック教会はかなり立派な部類に入るようです。しかも神父様がプロジェクターとスライドを使って説教しているのが印象的でした。ハイテクだなあ。
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ミサの後はクリスマスツリーのところで集合写真。ちゃんとプリントアウトして、Motenママにプレゼントするつもりです。

ミサの後は服を替えて、トラックに乗り込みます。10人ほどの大人数でJaluitJaluitへJambo(ドライブ)。
JaluitJaluitというのは、Jaborの町から空港を横切って進んだところにあるジャングルのような森の地域。もちろんその中に人が住んでいるエリアもあります。車一台かろうじて通れるような、けもの道を進むのですが、脇から木や葉っぱがひっきりなしに迫ってきます。これはなかなか面白いドライブでした。
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小一時間ほどすると人家が見えてきます。伝統式住宅の教会もありました。
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1942年米軍による爆撃で当時在住していた日本人、そしてマーシャル人が多数亡くなりました。その慰霊碑です。

このJaluitJaluitで素晴らしい出会いがありました。
日本時代の公学校で教育を受けた世代のマーシャル人の方々です。
(マーシャルではあまり問題になりませんが、プライバシーのことなど考え写真は掲載しません)
お一人は90歳の元お医者様。杖を使うことなく矍鑠とした方でした。もうお一方は88歳のおばあ様。なんでも歌上手で、えらい軍人さんがジャルートに来た時は、港で歓迎の歌をソロで歌ったとか。ご病気のようでしたが、「どうぞいらっしゃい、いらっしゃい。こんにちは」と非常に流暢な日本語で、突然の来訪者である私たちを快く迎え入れてくださいました。日本語をよく覚えていらして、ひらがな、カタカナ、漢字もお分かりになります。
この時、日本語がわかるマーシャル人のY氏となぜか昔の日本語がわかる私とのダブル通訳で意思疎通をはかりました。マーシャルに来る前から日本語がわかる世代のマーシャル人とコンタクトを取りたいと願ってきました。今ここでコンタクトを取らないと、彼らも高齢なので歴史が風化してしまう恐れがあるのです。その願いがかなった今、この経験を自分の生徒たちに還元したいなと思います。


マーシャルの場合、マジュロはともかくとして、離島となると一人でふらりと旅行するのは非常に難しいです。できないこともありませんが、どこにも行けないし、現地の方々と深く接することもできません。しかし、こうしてY氏が同行してくれたおかげで、このような機会を得ることができました。これってすごいことだな、と本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
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興奮冷めやらぬまま、みんなで道を歩きました。
おいしいお昼ごはんを食べて、ジャルート名物アメダマを探すべく、サイクリング。
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まさかここでサイクリングができるとは思ってもみませんでした。とっても気持ちよかったです。
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しかし、やはりここはマーシャル。しかも離島。すんなり旅が終わるわけはなく、迎えのトラックが時間になっても来ない・・・同行のファミリーの親戚宅によせてもらうことに。結局トラックが来たのは夜中の11時ごろ。子供たちはすっかりおねむ。トラックの荷台に座って、しかも雨が降ってきたのでビニルシートをかぶって家路を急ぎます。しかし、雨が止むと月も星も出ていて、きれいな夜空を眺めるという何とも贅沢なドライブになったのでした。
終始ママ(T君のホストマザー)が気を遣ってくれていて、やさしさをストレートに感じ、安心感に包まれていました。

実は、この夜Motenママが「最後の夜だから、JaluitJaluitから帰ってきたらFarewell Partyをするからね」と言って、パーティーの用意をしていてくれていました。が、私が帰宅したのは結局12時ごろ。ママはそれでもいやな顔一つせず「いいのよ、いいのよ」と、晩御飯を出してくれました。
ママ、本当にごめんなさい、ってトラックドライバー、せめてもうちょっと早く来てほしかった・・・
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Jaluit最後の夜はこうして更けていきました。
いよいよ翌日はJaluitを発つ日ですが、本当に帰れるのかな・・・?

by jpt-in-Marshall | 2013-01-04 13:33 | 旅のお話

Day 5 メジリルリック島へ

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すっかりおなじみになったヨットに、この日も朝から乗り込みました。
と書けば、スムーズに進んでいるようですが、実はこの朝、案内をしてくれている人の都合で
「今日はメジリルリックは無理、車でジャルートジャルートへ行こう」という話になったかと思いきや、やっぱりメジリルリックに行こう、ということになった、という話が二転三転したという経緯がありました。

まあ、旅とはそんなものです。思うように動くわけがありません。とくにここはマーシャル諸島の中でも離島なのですから。

それでも当初の予定通り、別の島、メジリルリックに向けて船は出発しました。
私たちもボートの旅にはすっかり慣れた?
ヨットの船長ファミリーともすっかりおなじみの顔になりました。
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魚がつれたのでその場でお刺身に。

カツオかな?
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ココナッツの樹液ジャカマインを試させてもらいましたが、日本人からすると甘さよりもめんつゆみたいな味にしか感じられないのがおかしかった。

途中少し雨が降ってきました。
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雲の下に柱が立ってるように見えるのは、雨が降っているということなんだそうです。マーシャルに来て間もないころ、先輩隊員に教えてもらいました。
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そうこうしている間にお目当てのメジリルリック島に到着。ここはジャルートのワイキキと呼ばれているそうです。海はきれいでしたが、砂浜ではなく砂利浜なのであまり快適ではありません。同行のSちゃんはあるものを探して島の人にインタビューをしていたのですが、お目当てのものが隣の島にあると知って再びボートに乗り込んで隣の島へいきました。彼らを待つ間、浜辺でのんびりしたり、写真を撮ったりして過ごしました。
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帰りは風があり、ぐんぐん船は進んでいたのですが、風向きなどの関係からえらく時間がかかり、ジャボールに帰ってきたのはとっぷり日も暮れた7時ごろ。しかし、この日も船長の奥様がご飯を作ってくれたり、お孫さんたちとじゃれたり、海の男のたくましい働きっぷりに「マーシャルの男はやっぱ海だね」と思ったりしていたので、退屈しませんでした。
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帰ってきて、案内のY氏宅のミニストアの品物が船便で届くというので、お世話になっているささやかな恩返しとしてお手伝いをさせていただくことに。
しかし、そこは完全男の職場。女の私が荷物を持つ手伝いをしていると、目を丸くされました。別にすごく重いものを持ったわけではないのに(笑)
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そのあとアイランドフォーマルのワンピースに着替え、Y氏が務めるジャルート高校のクリスマスショーに顔を出してみました。ショー自体は終盤に入っており、Y氏を含め先生方がステージからキャンディーなどを子供に向かって放り投げ、子供たちがエキサイトしていました。地声のハーモニーが鳥肌ものであったこと、みんなの前に立っているのに、後ろを向いているものだから女性の先生が必死にみんなの向きを変えているのがおかしかったり、と赴任先の高校では見られない「マーシャルらしさ」が垣間見られて面白かったです。
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そうしてジャルート3日目は終了。

by jpt-in-Marshall | 2013-01-04 03:22 | 旅のお話

Day4 sailing to Imiej

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一夜明けて、ジャルート2日目の朝、港からヨットに乗って目指すはイミエジ島。
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本当だったらボートで1時間少しの距離なのだけど、ガソリンが不足しているということもあり、今回はヨットということになった。人生初のヨットの航海。
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船長
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船長助手は若干15歳の男子。これがまたよく機敏な動きを見せてくれたのである。
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「ヨットだと風に左右されるから時間は読めないけど、まあ2時間くらいじゃない」と言ってたけど、何を言うか!実際にはイミエジ島に着くまでに3,4時間はかかったぞ(笑)
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とはいえ、旧日本軍の軍艦跡も見たかったので、遠回りしてもらったのだ。
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海がきれい!!

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糖分補給はパンダナスの実をひたすら噛む。パンダナスは英語でマーシャル語ではBOB、日本語ではタコの実と言います。
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わたしもworwor bob!
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イエミジ島は人が住んでいるはずなのだけど、クリスマス休暇ということもあり、ほぼ9割の人がJaborに移ってしまっていた。
住んでいる人の案内でジャングルのけもの道を歩き、戦跡探訪の旅が始まった。当たり前のように佇む。そしてそこが島の人たちの生活の場になっていたりする。
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旧日本軍の施設には人が住んでいるし、
大砲跡には誰かの洗濯物がかかっていたりする。
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祠跡

マーシャル諸島は、地図で見ればわかるけれど決して日本から離れているわけではない。だけどこの温度差は何なのだろう。マーシャル人にとって日本はなじみ深い国である。だけど日本人の中でどれだけの人がマーシャルのことを知っているのだろう。このマーシャルの島に今でも日本軍が残したものがリアルに残っていることをどれだけの人が知っているのだろう。
協力隊として派遣される前の私を含め、知らない人のほうが多いのだろう。このままだと風化してしまいそうな気がして、どこか恐ろしい気分になる。

ところでこのジャングルのけものみち。
半袖半ズボン、ビーサンで歩くのはお勧めしません。
私は幸い?泳ぐ気持ち満々だったので長そでスパッツ、マリンシューズといういでたちだったので、怪我をすることなく歩けたけれど、南国の植物は鋭いものが多いです。パンダナスの葉は特にとげがあるので、要注意。
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間違ってもこのようないでたちで歩いてはいけません。
現地人、裸足だ!と驚いていたら、あとで彼女は足が痛い、と嘆いてた。

一通り回ったところでココナッツジュースとドーナッツでkakije(一休み)。
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ボートでヨットに戻り、おうちに帰りましょう。

ボートでは船長の奥様がmana(ご飯)を作って待っていてくれました。
2時間ほどで帰ることができましたが、恥ずかしながら私、疲労と食べ過ぎ(笑)のせいか船酔い&頭痛に悩まされてしまいました。

おうちに帰ったらもう寝よう、と思ってMotenママのところに戻ったら、

「今日は(同じ敷地に住む)叔母さんの誕生日だからパーティーよ」というお誘い。

頭痛薬を飲んで、少し休ませてもらうことに。
夜9時ごろ誕生日でよく歌われるiien emmanの歌声で目が覚め、幸い頭痛も治まっていたのでパーティーに参加。地元のカトリック教会の神父様やシスターに会ったり、歌上手のリカトゥたちが≪恋しいわ≫をうたってくれたりして、楽しい夜を過ごした。
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余談になるけれどこの≪恋しいわ≫はマーシャル人が日本時代に作った日本語とマーシャル語の歌。日本へ帰ってしまった恋人の男性を思うマーシャル人女性の気持ちがうたわれている。(同行のSちゃんはこの歌についていろいろリサーチをしている)後で書くけれど、旅の途中で日本時代に教育を受けた世代の方々にお話を伺ったら
「流行歌だったから学校で歌うと先生に怒られた」とおっしゃっていた。

≪恋しいわ≫は沖縄の歌を思わせる旋律の、悲しいはずなのにどこか明るい歌です。

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by jpt-in-Marshall | 2013-01-02 14:16 | 旅のお話

Day1-3 Air MAYBEでまさかの足止め

24日から初のOuter Island旅行、ということで、朝からバルサンをたくために、部屋の中のものをゴミ袋に入れたり、という作業で大忙し。

そして待ち合わせの12時に間に合うように、荷物を持ってjicaのドミトリーへ。

今回の旅のメンバーは、同じく小学校教師隊員のT君とMJCCで働くSちゃん。

何とも不思議な組み合わせだけど、きっと面白いことになるに違いない、と確信。

まずは空港へ。カウンターが一つしかないのに加え、すべて手動なので、マーシャルでは珍しくみな早めにやってくる。

しかし、運命は私たちに楽な旅行をさせてはくれないようで、飛行機はキャンセル。
(たった1行で書いたけど、そこに至るまでにかなり待ったのだ)

「ワラール」とみんな叫んだものの、誰一人文句を言うことなく、「明日また来るのね、はいはい」ってなかんじでみなそれぞれ家路についた。
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私たちはその中の人たちのトラックに乗せていただき、ドミトリーまで帰ってきた。

今回私はSちゃんといろいろ話してみたかったので、ドミではなく彼女のおうちに一泊。
キャンドルをともして、少しだけクリスマスイブムードに。

「今日は飛びますよ、うんうん」とまだまだ余裕で、翌日再び空港へ。

しかし、滑走路にはあるはずの飛行機がない・・・
いやな予感は的中。国内に立った一台しかないエアマ(エアー・マーシャル)はエボンにいるとかでまたまた翌日に延期。

さすがにぐったり。

かなりくじけそうになったけれど最後まであきらめるものか、とまたまたドミに帰る。

そして3度目の正直の翌日。待合のマーシャル人もすっかり顔なじみ。互いに「今日もキャンセルだってさ」なんて冗談を飛ばしあう。3日目ともなるとこちらもまあこの時間を楽しむべか、という気持ちになるから、空港のセキュリティーガードさん(横浜のJICAで研修を受けた経験あり)とブエブエナートしたり、絵をかいたりして過ごす。

そうしていると、突如あわただしくなり出発のはこびとなった。最後の最後でドミからずっとついてきたトラ(ドミの大家さんの飼い犬・♀)が滑走路にまで入ってきてしまい、またまた遅れを出してしまいそうになった。
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初めて乗るエアマ、エアーマーシャル。またの名を“Air Maybe”。小型飛行機に乗るのも初めて。

さよならマジュロ、しばしの別れ、と思っていたらあっという間にJaluit環礁が見えてきた。およそ45分。
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飛ぶまでが長いけど、とんでしまえば早いのだ。
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ジャルート空港、とは名ばかりの野原。しかも舗装されていない。飛行機から降り立つと以前隊員の語学研修を担当していた先生が出迎えに来てくれていた。私以外の二人は既に面識があるのだけど、私はお初にお目にかかりますって感じで、ご挨拶。この方、Y氏は日本に留学していたこともあるので非常に日本語が堪能です。ちなみに私と同い年。
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住民みんなの共有財産のようなトラックで荷物を運んでもらう。
SちゃんはY氏のうちに、T君は語学研修のときに泊まったホームステイ先に。そしてジャルート初の私は、Sちゃんの取り計らいでMotenママのお宅にステイさせていただくことになった。なんとそこには空港で一緒に待っていた家族連れもいて、びっくり。すでに大所帯なのに私のことも快く受け入れてくれたのには感動。
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夕方はそれぞれ自由時間だったので、私は一目ぼれしたガジュマルの木を見に行った。いろいろ旅行していると、その土地が自分に合うか合わないかすぐにわかってしまう。ジャルートは着いた瞬間、ここは!と思うものがあった。正直な話をすると、マジュロに来た時には感じられなかったものを感じた。それはゆったりしていることだけではなくて、この立派に育った木がたくさんあることも大きいような気がする。

木のあたりでカメラを片手に座っていると、そこで遊んでいた子供たちが撮ってと言わんばかりにポーズを取り始め、にわかに撮影会がスタート。
マーシャルの良さは何かっていうと、子供がとっても人懐っこいことにある。
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初日の夜はぐったり。ママに教会のダンスイベントに誘ってもらったけれど、パスして寝ることに。それでもママは夕食を作ってくれて、少しおしゃべりをした。
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マーシャル式に大広間の居間で、ジャキという敷物の上に持参したヨガマットを敷いて就寝。マーシャルに来た当初の自分だったらすごく抵抗を感じたかもしれないのに、そんな状況をあっさり受け入れてあっさり寝入ることができた自分に驚いてしまった。

この居心地の良さはやっぱりママのお人柄のなせる業。ママのやさしさ、温かさにすっかり安心できたんだろうなと思ってます。


これで長い1日が終わった。

by jpt-in-Marshall | 2013-01-02 10:40 | 旅のお話

Happy New yer!

Happy New year, Aolep!!
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みなさま、あけましておめでとうございます。

激変の2012年からあっという間に2013年を迎えてしまいました。

歳月人を待たずとは言ったもので、おそらく任期も1年半。きっとあっという間に終わってしまうと思うので2013年も気合を入れてガンガンやっていきたいと思います。

今年の目標は、

①マーシャルのことをもっと深く知る
②マーシャル語の勉強も再開させる
③別の離島に行く
④一日一日を大切にして、思い切り活動する
⑤日本祭りやスピーチコンテストなどのイベントを成功させる

これからおどうぞよろしくお願いいたします。

by jpt-in-Marshall | 2013-01-01 04:18 | ごあいさつ