Marshallsに日本語があるかぎり


2012~14青年海外協力隊員としてMarshall Islandsで日本語を教えていました。マーシャルのあれこれ、日本語教育事情などいろいろ綴っています。
by jpt-in-Marshall
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カテゴリ:これからの世界のことを考える( 9 )


Global Festaに行ってきました

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今日と明日、日比谷公園が熱い!
というのも国際協力関係の団体が国内外からあまた終結するビッグイベント。特に今年は日本が戦後の復興から「助けられる」立場から「助ける」立場へ移行しつつあった時代から数えて、国際協力60周年ということもあり主催者側の気合もひとしお。オープニングがあのAKB48だったことからもうかがえますね。
ほかにもアフリカのケニアからマサイ族の男性3人を招へいし、民族衣装に身を包んだ彼らと写真が撮れるというパフォーマンスも用意されていました。
私は色々情報収集をしたかったのと、絶対知り合いに会えるという確信があったので足を運んでみました。

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メインエントランスにはデング熱流行を意識してか、虫よけスプレーが大量に用意されていました。スプレーをしていざ出陣!ところがあまりの出展数と来場者数に圧倒されてしまい、何が何だか分からなくなってしまいました。
まずは友達に会うことに。
同期隊員やマーシャルで出会ったOVの方と再会。新たなご縁もあったり、ばったり再会した同期のSVの方。協力隊に参加するのとしないのとではこうもイベントの楽しみ方に違いが出るのかと思ってしまいました。協力隊ってすごいな。
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再会を喜んだあとは、気を取り直してブース拝見。
フェアトレードの民芸品や食品を物色したり、いくつかのNGOやNPO団体さんの活動のお話を聴かせていただいたりしました。もしかしたら今後こう言った方向に進む可能性が高いため、非常に勉強になりました。
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ブースそれぞれのプレゼンも工夫が凝らされていて、民族衣装を着たり、その国の食べ物が試食できたり、伝統文化体験ができたりするものはやはりキャッチーですね。わたしもヘナアートを体験。素敵!
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今は昔と違って幅広い年代から国際協力への関心が高まっていると聞きます。特に若い世代のコミットメントは著しく、以前であれば国際協力やNGOに行く人たちは一部の人、というイメージでしたが、今はごく普通のおしゃれな学生や制服姿の高校生がさらりとやってきて、真剣に耳を傾けている、そんな姿を数多く目にしたのが印象的でした。英語の教科書にもフェアトレードが取り上げられるなど、これらの分野に関心を持つのは何も大人に限らず10代の人たちも多いといいます。社会は変わりつつありますね。これをいい方向にもっていきたい、そんな気持ちです。

Global Festa Siteはこちら→Click here!
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by jpt-in-marshall | 2014-10-04 22:19 | これからの世界のことを考える

”この空の花”上映会@3月1日

さて、プロモーションも兼ねたプレゼンを終え、あとは当日の3月1日にお客さんが“この空の花”(英語タイトルは“Casting Blossoms to the Sky”)を見に来てくれることを祈るばかり。

そんな気持ちで迎えた当日は、今にも雨が降り出しそうな空模様。メモリアルデーなので、当然式典も午前中。具体的な時間は直前になってからでないと分からないのがマーシャル流。大使館からの招待上映に行くことにしていたので、結局式典には足を運べませんでした。
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イベントなどで何かとよく使われるMIR(Marshall Island Resort)ホテルのバンケットルームに足を踏み入れると、そこには映画についてはもちろんのこと、広島と長崎の原爆に関する展示がされていて、映画だけではなくいろいろ学べるようになっていました。
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今回の上映に当たり、なんと大林監督が直筆のお手紙をお送りくださったということで、英訳とマーシャル語訳も添えて入口に展示されていました。製作者サイドの方々にとっても被爆国マーシャルで上映される意味合いは大きいのだと思います。

さて、いよいよ映画が始まります。
2時間以上にも及ぶ長編大作。
久々に暗くした空間で大画面を見つめるという行為をしているのがなんだか信じられません。

映画が始まった途端、たくさんの情報とたくさんのエピソードが、まるで襲ってくるかのように観客の目の前に現れては消えていきました。3時間近い作品であるにもかかわらず、息つく暇もないくらいに次から次へと押し寄せてくるので、まったく退屈しませんでした。

ストーリーを簡単に説明しておきますと、昔別れた恋人から「俺の故郷(長岡)の花火、そして生徒がやろうとしている戦争中の劇を見に来ないか」という手紙を受け取った新聞記者が、取材もかねて九州から新潟へやってくるというもの。実はこの新聞記者ももとは長崎がルーツで被爆2世。過去には中国の従軍慰安婦にさせられた少数民族の女性たちを取材していたこともあるのです。
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今回の上映会にはアメリカ人がたくさん来ました。映画を見ていて不安に思ったのが、アメリカ人が誤解しないかということです。しかし、最後まで見てみると、それは決して日本が被ばく国という「被害者」的な要素を強調するのではなく、先の従軍慰安婦の話もしかり、パールハーバーで息子を失ったアメリカ人の話なども織り込まれ、結果的に
「どこが悪いとかじゃなくって、もう戦争なんか、原爆なんかやめようよ。そして過去のことを忘れるのはだめなんだよ」
というメッセージを伝えたかったのだと私は思います。製作者側のこの映画にかける思いや気合がガンガン伝わってくる映画でした。

劇中長崎の原爆博物館(正式名称はわかりません!ごめんなさい!!)が出てくるのですが、私は高校の修学旅行でこちらを訪れたことがあったのです。しかし今となってはいろいろなことが記憶から離れてしまっています。

映画を見ていて思ったのは、どれだけ自分が知らないことがたくさんあって、どれだけ自分が見聞きしてきたことを忘れてしまったかということです。

招待上映の後、午後1時と7時から2回の一般向けの上映がありました。当日は少しだけお手伝いをさせてもらったので、どういう人たちがいらしたか把握することができました。
お昼はJICAボランティアや赴任先のCO-OPの校長ご夫妻やほかの先生が来てくれました。夜は大使館の方も含めアメリカ人、そしてマーシャル人がたくさん来てくれました。どちらもほぼ満席状態。
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この方はラジオの宣伝をきいて、足を運んでくださったそうです。

実はこの時、私の心は穏やかではありませんでした。1時の回の時点でCO-OPの生徒が私の知る限り1人しか来ていなかったからです。あれだけSちゃんがプレゼンをしてくれて、あれだけの感想を書いておきながらもこないだなんて・・・やっぱりそれがマーシャルなのかな、いや、マーシャルとかではなく、ティーンエイジャーってそんなものなのかな、いやいや、彼らには彼らの事情があるんだよ、と心の中でいろいろ揺れ動いていました。が、開始後しばらくするとなんと続々とあらわれたではありませんか、COOP軍団!!!
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9年生から12年生まで「遅れて」くるというのがマーシャル式ではありましたが、映画を見に来てくれたのです。とくに普段はやんちゃな9年生の男の子たちが来てくれたのがうれし方ですね。

夜は受付を手伝っていたのですが、その間にボランティアのCMIの学生たち(アニメ大好き)と仲良くなれるというおまけもついてとても幸せな夜になりました。

協力隊の醍醐味がなんだかわかってきたような気がします。

いろいろな意味で、考えさせられる一日でした。
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by jpt-in-Marshall | 2013-03-07 13:43 | これからの世界のことを考える

石巻ボランティア 【2日目】

明日はいよいよ出発です。飛行機は午後4時半過ぎの便なのですが、集合が1時なので午前中には家を出なければなりません。

先程スーツケースに最終的なパッキングを行いました。スーツケース2つあるのですが、ああ、規定の23kg以下でありますように!!!

さて、出発直前ではありますが、なんとか日本を離れる前にボランティアのことを記しておきたいのです。

初日は仮設住宅団地を後にしてから、一度お寺に戻りガーデニング組と合流して地元のスーパー銭湯に行きました。

待ちの目抜き通りを通ったのですが、港町特有のどこかモダンな通り。
銭湯にもお客さんが普通に来ていて、一瞬ここがどこなのかわからなくなってしまいました。
しかし夕方になると銭湯にやたらと人が集まります。
中には外国の方も来ています。

そう、ボランティアの集団なのです。

その後は最初の記事に書いたように、キャンプファイヤーをしました。

そして二日目。

朝、私は一人町を歩きました。

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私が日本に帰るのは2年後です。できればその時にはボランティアが必要とされていないことを祈ります。
が、リーダーさんは首を横に振りました。

「復興には何年もかかりますよ」

そうであれば、私はまたこの地に戻ってきて何かしたいと思いました。

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2日間ボランティアに参加して、良かったと思っている。
もちろん1度行くだけでは全然足りないということも同時に痛感した。
援助という意味でも、人々との関係づくりという意味でも、現地を知るという意味でも。

だけど、「行く」ことを選んで良かった。
現地に赴いて初めてわかったこと、見られたもの、そして出会えた人々がいた。
あくまで最初の一歩として、石巻のボランティアに参加して正解だった。

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2日目の午前中はお寺のお掃除と寄付としていただいた物資の整理をしていた。
お寺が秋には取り壊しになるということで、今から笑顔届隊の荷物整理をしなければならないのだという。

救援物資についてはかなり前から取りざたされてきているから、一般の人たちの間でも意識は変わってきていると思う。
しかし中には明らかに不用品の処分ついで、というものがあるのは否めない。

私も3.11の後はいろいろ救援物資を送ってきたが、なるべくサイトにある「今必要なもの」を送るように心がけていた。

それでもそのニーズがいつまでも続くわけでない。
いたずらに者の数だけ多すぎて、結局はさばききれず処分するしかない、ということもよくあるのだという。

物資は送ってくださる人の善意だから、処分する側もつらいのだ。

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物資の提供もただ現物を供給するだけではなく、団地でのイベント(フリマやパーティーなど)で提供することもあるのだが、
そのたびにパッキングをしたりする。

物資の整理をしていて、改めてボランティアというのは地味で細かい作業の積み重ねの上に成り立っているのだということを知った。
何もボランティアに限らないのだけど、何か大きなことをする場合、そのためにどれだけの地道な作業が必要なことか!

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現地に赴くことには大きな意味がある。
しかし、その現地に赴く人々をサポートするボランティアも同時に必要だと思う。
現地に行けないからと言って引け目に感じることはなく、むしろ現地に行く人を支える形を選んでほしいと思う。それだってアリなのだ!

最後に笑顔届け隊について

被災地ボランティアツアーと銘打った旅行会社の企画はなぜか高価だったりする。
それに対してこちらは純粋にボランティアなので¥7000+諸経費
隔週で月二回石巻へ赴き、団地でのイベントやガーデニングなどなどを行っている
人とのつながりとその輪の広がりを大切にしていて、組織としてよくオーガナイズされているけれども風通しがよく、一人一人がイニシアティヴを取って得意分野を生かした活動をしている。

そんなところにひょっこり、都合よく一度だけしか活動に参加していない私をも温かく迎えてくださった届け隊のみなさんには感謝してやまない。

ボランティア活動だけではなく、現地視察をしてシェアリングをしたり、被災当時の話を聞かせてくださったり、団地の方々にも引き合わせてくださるなど「教育」もしっかりしてくださったと思っている。

これを読んだ方でご興味ご関心を持たれた方は是非、こちらまで^^
クリックしてね

この被災地ボランティアに参加して、被災地のことだけでなく私はボランティアそのものについても大きく学んだように思う。
これから海外で2年間ボランティアをするわけだけど、そういう意味でこの経験を生かしたいと思っている。

海外に行く私の務めは、やはりここで見聞きしたものを伝えることなのだろう。

赴任先でも何か授業内でやりたいなと思った。
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by jpt-in-Marshall | 2012-06-27 13:09 | これからの世界のことを考える

石巻ボランティア 【初日②】

女川町を後にした私たちが向かったのは、笑顔届隊が本拠地としてお世話になっている松巌寺さん。

こちらのお寺も津波の被害を受けました。
そのため現在でも屋根が壊れ雨漏りがしたり、電力が不十分だったりします。
たとえば掃除機をかけると唯一ともる部屋の明かりが消えてしまうのです。
ですから秋ごろこちらのお寺は取り壊しが決定したといいます。

お寺でミーティング。
あくまで現地の方々に「笑顔」を届けるというコンセプトの団体なので、ボランティア自身が笑顔を絶やすわけにはいきません。

「うみ」を10回言って表情筋のトレーニング。

そしてお寺や近辺の介護施設、葬儀屋さんのガーデニングをするグループと仮設住宅団地に行ってイベントの運営や住民の方々と交流するグループに分かれました。

私は団地の方へ行き、フリマの店番をしたり、住民の方にお声をかけさせていただいたりしました。

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団地には様々なボランティア団体が来て、イベントをやっているようです。

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イベント告知のためにお住まいを巡回して、お声をかけていった時に出会ったお母さん。
紫蘇などを丹精されていらっしゃいました。

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笑顔届隊の今回のイベントは、参加者の中にアマチュア落語家の方がいらっしゃったので、その方のお笑いを2席。
まだ始まって間もないのですが、この後座席は満員御礼に。
私自身落語が好きなので、ここで聞けるだなんて嬉しいサプライズでした!
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そのほかフリマやフラワーアレンジメント、パスタランチの提供を行い、盛況でした。
私はフリマの売り子を担当。みなさんとの会話を楽しみながら販売してました。

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笑顔届隊は参加者がそれぞれの得意分野を生かして、いろいろな活動をすることができます。
参加者のおひとりで手芸が得意な方は、住民のお母さんたちを集めて金魚づくり。
楽しそうでした。

終わりの方でリーダーの方にあるお部屋に連れて行っていただきました。
背の高い素敵なおじい様が、おひとり暮らしている4畳半のお部屋でした。
その方もやはり津波にすべてを流されてしまい、車で避難したおかげで車だけは残ったとおっしゃっていました。
正直言うとそれまでわりと冷静に物事を見ていた私だったのですが、お部屋に入り、お話を伺った途端こみ上げてくるものを感じました。

仮設住宅団地の住民間にある格差、人間関係のわだかまりなども残念ながら存在します。
行政のチェックが甘いがゆえに生じるものもあるのですが、地方行政自体も被災しているのでそう簡単には行かないのでしょう。

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集会所にあった言葉です。

なぜか韓流スターさんのポスターもありました。いらしたのかしら?

かわいらしいペイントが心を明るくしてくれる、そんな集会所でした。

(2日目に続く)
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by jpt-in-Marshall | 2012-06-27 09:44 | これからの世界のことを考える

石巻ボランティア 【初日①】

夜23:30過ぎに川口を出発して東北自動車道をひたすら走る。

一時間ほどで佐野SAに着き、そのあとは夜が明けるまで眠るともなく目を閉じていた。

ついにボランティアに参加できるという高揚感と派遣前に体調を崩しやしないかという不安がごちゃ混ぜになっていたけれど、ここまで来てしまえばもうやるしかない。

朝4時ごろには空が白んで夜明けを迎えていた。

バスはいつの間にやら宮城県に入っていて、石巻市内のコンビニで朝食や身支度を済ませてから初日の活動が始まった。

まずは市内の高台にある日和山公園に向かう。

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あの自身が発生した直後に出された津波警報
この公園まで逃げてきた人は助かったという。
しかし下の方にあるやや低めの高台にいた人や、動画を撮影していた人々は波にさらわれてしまったという。

鳥居の向こうに見えるあの大きな橋も、もちろん壊れてしまった。

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下に見えるさらちも津波以前は家が連なっていた

(3.11前)
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                ↓
(現在)
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車の山
津波の後はこれらの車の山が近くの建物に衝突し、火災が起きた
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この小学校もそういった火災の発生した建物の一つだった。
しかし当時そこには避難してきた住民の方々がいらして、煙の中外に逃げることもできなかったという。

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被災地にいない私たちは簡単に「がれき」という言葉を使うが、被災地ボランティアにとってはこの言葉はタブーである。
なぜならそれらはあくまで住民の方々にとっては大切なものであるからだ。

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日和山公園を出てから女川町の病院へ赴いた
16メートルの高台にあるのだが、それでも津波はいともたやすく呑み込んだ。

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それは女川港の地形もあるのだろう。
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写真のように狭くなった湾岸が波の勢いをより強め、より高めてしまった。

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更地になってはいるものの、当時は家がびっしり連なっていた一角である。
3.11当時の話を初代代表の方に伺ったが、震災直後はとても悲惨な状況だったという。
どういう状況であったかはまた次の記事で述べるが、それが1年半たちこのような状態になった。
もちろんそれが復興を意味するわけではない。しかし人の力でここまでやったことを私たちは忘れてはならないのだ。

今では一見のどかで静かな田舎の風景である。
しかし所々あの日の痕跡が残っている。
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石巻市内へ戻る車中で感想を求められた。
正直なところ1年半の月日がたち、生々しさはさほど残っていないわけで私はどうしても実感することができなかった。
話を聴いたり、その地を目の当たりにしたことで学んだことはあっても、どこか冷静な自分がいた。
しかし、今こうして自宅に帰りブログ記事を書いていると、胸に込み上げてくるものがある。
それが何なのか、わからないのだけど・・・

(続く)
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by jpt-in-Marshall | 2012-06-26 13:18 | これからの世界のことを考える

ボランティア@石巻

24年1次隊の出発ラッシュが始まりました。
今頃成田に集まってるんだろうな。

私、マーシャル組はミクロネシア組と一緒に28日の午後出発予定です。
どうやら日にち的には一番遅いようです。
Facebookでもみんなの「行ってきます」投稿をややさびしさを覚えながら読んでいます。

しかし、時間に余裕があるのはありがたいことで、その時間を利用し私はかねてから関心を持っていた被災地ボランティアに週末参加してきました。

日程はこんな感じ

23日深夜11:30川口駅前出発(バス)
24日午前5:30石巻着
    市内視察
    仮設住宅団地でのイベント開催(フリマ、落語、パスタランチ、フラワーアレンジメント住民の方々との交流)
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25日拠点地のお寺のお掃除、寄付でいただいた物資の整理
    午後1:30石巻発
    午後9:00川口着

マーシャル渡航直前にこんなハードな日程で体力が持つのか、体調を崩さないかと不安もあったのですが、これを逃して日本を去れないという思いの方が強く、参加を決意しました。
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私の参加動機は以下の通り

①被災地をしっかり見てきたいし、被災地で何かしたい
②任国で3.11のことや被災地のことを伝えたい

もちろんたった一度行くだけで自分が何か貢献できるというわけではないし、被災地のことを理解しました!なんてことはあり得ないのですが、やはり行ったことで初めて知ったこと、出会えた人がいて「行く」ことを選んで良かったと思ってます。

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今回参加したボランティア団体「笑顔届け隊」もアットホームで風通しがよく、一人一人が積極的に動ける雰囲気でとてもよかったです。初参加の私を温かく迎えてくださいました。
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石巻ではお寺を拠点に活動しましたが、夜は東京のインターナショナルボランティア団体さんとコラボでキャンプファイヤー&BBQをしたりして、一瞬自分が何をしにここへ来たのかわからなくなりました(笑)
フランス系カナダ人が多かったので、まさかこんな所でフランス語を話すことになるとは(爆)

いろいろ書きたいことはありますが、今日はこの辺で。
また次回いろいろ書こうと思ってます。
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by jpt-in-Marshall | 2012-06-25 12:17 | これからの世界のことを考える

その時本当に必要なもの

先日シェアさせていただいた私の友人のブログ記事「あの日のこと」ですが、
仙台在住で3.11の際に被災された時のことを書き綴ってくださいました。
さらに震災袋の中身についてその有用性などを詳しく書いてくださったので、こちらもまたコピペして、シェアさせていただきたく思います。 

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震災袋

  あっちこっちで売ってるけど

  はっきり言って

  あの中身は役に立たないものばかりだね

  
    あの日

    雪で寒くて

    物置にしまっておいた石油ストーブが活躍したよ!!

    石油も切らさないように気を付けたほうがいいね。
     幸運にも前日に3缶買っておいた我っちって「豪い!」....ヨシヨシ^^

    料理したり、、、お湯も沸かせて重宝したよ♪


  ローソクはあぶないとか言うけど

    あのローソクの灯りで安心した。

    我っちは、アロマキャンドルを収集してたんだけど

    小鉢に数個づつ並べて

    揺れて落ちないようなところに置いたんだ。


  カセットコンロ    驚いたのは・・・3本入り398円のガスボンベを、1本1000円で売ってた     
    そいつの言い訳が北海道から買ってきたとかって、、、がっかりしたよ!


  ケータイ充電器!!
    夫がいち早く買ってきてくれて 何年ぶりかでみなおした(笑
     電池もたくさん用意しとこう

  ラジオ♪    お隣のお兄ちゃんが手巻き充電のラジオを活用してた
     うちはカセットデッキがあったから良かった!
     何度も言うけど、電池は必需品だよーーー!!

  水
    焼酎の4リットルのペットボトルに貯めてる
     古くなった順番に庭の水やり用に
     給水車が来てくれるまで、、、3日分用意しておけば大丈夫
     トイレの水はお風呂の残り湯、、、毎日貯めとくといいね☆

  食糧
    冷蔵庫の冷凍食品は随分凍ったままで
     何日間かストーブで温めて食べたよ
     yuiが会社で乾パンをもらってきたけど
     我っち・・・あんまり好きくない(時代おくれだよ~~)
     スーパーは冷凍食品とか使って炊き出ししてくれた❤
     食べ物に困ることはなかったと思う。

  洗濯
    寒い時期だったからよかったね
     洗濯ものがたまらなくて
     電気と水が復旧した地域のコインランドリーに通ったなぁ

  お風呂
    うぅぅ・・・これが一番困ったぁ~泣
     ストーブの上でお湯を沸かして身体をふいたり
     3日に一度だけシャンプーしたり
     交通網が復旧してからは温泉に行った♪
     あのたっぷりのお湯に浸かった時の幸福感は最高だったぁーー!
     洗っても泡が出なくてさ、、、汚れてたんだ~~ね
     今も遠刈田温泉のお湯の良さにやみつき♨

  ガソリン    ほぼ満タン近くまで入っていたけど、、、
    何があるかわからないから心配で、「家族みんな原則!徒歩」
    仙台市街まで歩いて通ったyuiと夫に感謝♥
    でも、、、歩いていて、いろんな所で物資を見つけて買ってきてくれた。
    ガソリンスタンドに何時間、、、いや一日中並ぶ人達の危機感が理解できなかった。

  なければなくて済むものってたくさんあるんだよね

  なんでもある・・・恵まれた生活に慣れきった今....

  最小限で暮らすことが出来るって考えさせられた....

   震災の夜、、、布団と毛布さえあれば、、、って言ってた友人

     揺れる恐さを避けて車の中で何日も過ごした人もいた


  被災しながら

  被害の違いに

  支援されることに後ろめたい心をもった人々もいたこと


  いろいろな気持ちを持って

  この一年生きてきたんだ。。。


  悲しい....辛い....

  語れば尽きないけれど....

  生かされた!

  生かされたんだ・・・我らは.....

  そう思わなければ....と思う。

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コピペさせていただいたお友達のブログはこちらですclick here

お友達には本当に感謝してます。
ありがとうございました。
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by jpt-in-Marshall | 2012-04-09 12:13 | これからの世界のことを考える

【3.11】あの日のこと

今日は協力隊についてでもなければ、マーシャルについてでもなく、
13か月近くたってしまって、被災地以外の人にとってはだんだん過去のことになりつつある3月11日のあの日のことを綴りたいと思います。

といっても当時は渋谷でプライベートレッスンをしていた私。
交通機関がすべて止まってしまって、歩いて渋谷からお茶の水まで歩いたころには地下鉄の運行が再開されて、夜10時半には自宅に帰れたという、かなり運のいいやつでした。

だから私がこの場で語れることなんかありません。

今回は仙台で被災された私のお友達がブログでシェアしてくださったあの日のことを、
ご本人の許可をいただいて、こちらでもご紹介させていただくことにしました。

こういうことをすることで、お叱りの言葉を受けるかもしれません。
もしかしたらご本人は「どうぞ」とおっしゃってくださっていても、本当はつらいお気持ちにさせてしまうのかもしれません。

それでもわたしは、あの日のことを風化させたくないし、そのためにできることは些細なことであってもやりたいと思っているので、今回お友達のブログ記事をコピペさせていただくことにしました。

こちらの記事をコピペさせていただきました→click here

********以下コピペ********************************************
夕べの地震

 長い揺れで、、、テーブルの脚につかまってしまった。


 3月11日を思い出して

 家族とあの日のことを語りました。



 あの日から一年が過ぎて

 平常心取り戻して

 前に進まなければ・・・・と

 思えば思うほど

 身体のどこかがあの日のことを覚えていて

 びくっとなる。


 忘れてはいけないけれど

 忘れてしまいたい。


 でも五感がおぼえているから反応してしまう

 
 だから、仕舞い込まないで

 ぜんぶ覚えているうちに、書き残しておこうと思った。


 そして、、、我っちも

 前に進もう、、、進みたいんだ。。。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 

 あの日

 散乱したテーブルの上で

 何をしてたのかは思い出せない

 テレビは韓流ドラマ・・・・「美男ですね」をやってた。

 突然聞きなれない地震速報

 「大きい揺れがきます・・・
          倒れてくるものに気を付けて・・・・・」

 地鳴りとその声を聴きながら座り込んだ。

 テレビは消えていて家が地面といっしょに動いて、、、ギシギシと音をたててきしんで

 猫~ずは、一瞬に何処かにすっとんでった。

 背の高い家具はないけれど、、、引出しという引出しが全部出たり入ったり、、、

 食器がガチャガチャと音を立てて


 我っちはというと

 頭に浮かんだのは狭いところに入れという、、、死んだ父の教え

 まずはテーブルの下に入った

 長い揺れのなか、、、テレビが落ちそうだったので

 テレビの前まで這っていってテレビを押さえ、グイグイとテレビ台の奥に押し込んだ。


 揺れの続く中、、、柱につかまりながら玄関まで行ってドアにビーサンを挟んで

 トイレに入ってしばらくじっと座り込んでいました。

 何回もくる揺れ

 さっき電話で話した(お嬢様のお名前)はどうしただろう、、

 ヨドバシに行くっていっていったのが1時間前のこと、、、

 (お嬢様のお名前)は 高層ビルの中でどうしてるだろう、、、

 夫は郊外の職場だから大丈夫だろう、、、とか

 一瞬でいろいろな事がかけめぐった。


 「ムぅちゃん モモーー!!」呼んでみるけど返事はない


 揺れが途切れたところで

 とにかく外に出ようと思いジャケットを持って外へ・・・・

 隣の奥さんと抱き合って、道路に座り込んだ。

 雪がちらつき、、、揺れはずっと繰り返し続いていた。

 水道が出るうちに「水を貯めとこう!」と、、、

 バケツとかボールとか水が入れられるものに水を入れた。

 午前中お風呂を洗おうと思ったけれど、、、沸かす前にしようとサボったことが

 なんだか「むしのしらせ」だったのかな、、、


 ラジカセに電池を入れたり

 あつめていたアロマキャンドルをありったけ出し

 明るいうちにと、、、、散乱した家の中を片づけ

 居間に布団を集めて、、、物置にしまっていた石油ストーブを出して、、、


 ふっと落ち着いたら急に怖くなった。

 
 ガスも水道も電気も止まった。

 「みんなどうしたかな、、、ビルが倒壊して下敷きとかなってないかな、、、?」

 どうしよう・・・・・どうしよう・・・・・

 暗がりがどんどん濃くなってきて

 ラジオからは救助の要請が繰り返され

 「どうなってるんだろう・・・」って思いで聞いていた。


 まさか、、、沿岸部があんな恐ろしいことになってるなんて、、、


 携帯でみんなに連絡をしても 通じない

 テーブルの下で丸くなって、、、「帰ってきてよーー!」と祈った。


 12日に替わるころ

 街中で出会えた娘たちがタクシーで帰ってきた。

 ヨドバシにいて天井から落ちてきた電気の下敷きになりそうなところを

 近くにいた人に引っ張って助けられたと、、、。

 街中はパニックで避難所も成り立ってなくて

 雪の中ウロウロしてたそうだ。

 遅くなってタクシーがつかまったので帰ってこれたと、、、
 

 その後、、、無事帰ってきた夫と4人で

 小さいストーブを囲んで、、、カップラーメンを食べた。


 ラジオから聴こえてくる

 救助要請の呼びかけ

 そのとき、、、私達は何が起きてるのか知らなかった。

 自衛隊、警察、消防はどうしたの?と


 夜中に神戸の(息子さんのお名前)と電話が通じた

 テレビの映像で観た恐ろしい光景を聞いた。

 信じられない現実

 「荒浜地区に200~300の遺体」の意味がやっとわかった。


 ラジオから流れる安否を問うコメントを読むパーソナリティの声も泣いていた。

 地面は揺れ続けていた。


 一晩中音楽は流れて、、、私達を包んだ


 マイケルの「ヒール・ザ・ワールド」が流れてきたとき 涙が溢れて止まらなかった。

 いまもあの夜を思い出してか、、、聴くと涙が流れる


 歌詞の和訳も知らなかったけれど やさしさで包んでくれた

 そして、、、あとから知ったそれは

     マイケルは神様になってるはず・・・と思わせるほどやさしかった。


                  今日はここまで、、、つづきは近々書こう




 あぁ~猫たち❤

     ムぅは3日間押入れの隅から出てこなくて

     モモは飛び出した引出の奥に逃げ込んで

     その日のうちに出てきました^^

 2匹とも無事でしたが、、、いまだにちょっとでも揺れるとビビッています。


*プライバシーにかかわる部分には手をくわえさせていただきました。
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by jpt-in-Marshall | 2012-04-04 10:44 | これからの世界のことを考える

‘幸せの経済学’を観て

facebookにも書きましたが、JOCAの施設でもある神奈川国際研修センターで開催された上映会に行ってきました。

私が住む埼玉県から2回越境して2時間かけ、初めての相鉄線に乗り、さらに駅から歩いてたどりつくことができました。

小旅行ですよね(笑)

学生のころもこういうことをやりましたが、30過ぎてからもやっちゃう私って、ワカイんだかバカいんだか・・・

今回私が見たのは‘幸せの経済学’という経済のグローバライゼーションに対するローカライゼーションを唱える映画です。



監督は経済学者でもあるヘレナ・ノーバーグ・ホッジさんというかたで、彼女はヒマラヤの奥地ラダックという西洋の消費文化が30年前まではいっていなかった地域にも長く住んでいた方でもあります。

そんなラダックも欧米系の企業が参入したことにより、それまで自給自足の自立的で、精神的にも豊かさを保っていたラダックの人々の価値観、経済感覚が一変してしまいました。

ラダックの昔の人はこう言いました「ラダックに貧しい人などいない」

しかし、今となっては同じ人がこういうのです。

「私たちは遅れていて何も持っていない。だから援助してください。」

幸せとは何なのでしょうか?

豊かさとは何なのでしょうか?

現在はグローバライゼーションが進み、というか進み過ぎて飽和状態になった感があります。

globalという言葉は一見internationalといったニュアンスを持ち、聞こえがよいのですが、
あらゆる面で弊害を生み出しました。

世界の画一化、各国や地域の文化の破壊
一握りの権力者に富が集中するというピラミッド的な構造
(特にアメリカの○○とか●●とか▽▽とか・・・実名は出しませんが)
カネが政治を牛耳り、そのカネの甘い蜜に夢中になり、人々の真の幸せや豊かさを無視した社会構造
小規模農村や地元企業の破壊、環境破壊、生態系の破壊
増加する一方の失業者たち
そして人々の心の破壊

スラムの人々はこう言います

「おれたちだって、好きで物乞いをやってるわけじゃない。おれたちに土地さえ与えてくれたら、必要な分は自分で作るさ。だって今までってそうやって生きてきたんだから」

以前教えていたクラスにいたインド人の学生を思い出します。

彼はIT関係の仕事で来日していた人で、とても明るく内向的で競争的なお年頃の欧米女子が多く、やややりにくいクラスの中でムードメーカーとしてとてもありがたい存在の学生さんだったのですが、

ある日の休み時間、彼がこんな話をしてくれました。

「私の実家はfarm(農家)です。私も農業が好きで、本当は農業がやりたいです。でも結婚するためには農業じゃあだめなんです。結婚するため(の自立と経済力)にITに入りました。」

もちろん今の経済活動や通信技術などを否定するつもりはありませんが、既に資源はそこをつき始めているし、原子力発電も継続は非現実的な気がします。

再生可能なエネルギーやそれぞれの地域の人が互いに協力し合って必要なものを自ら生み出したりするローカル化が今後の打開策となるでしょう。

映画の中では日本の辻真一さんのお話や埼玉県小川町の取り組みなども紹介されており、ただ理念だけを熱く語るだけではなく実践の具体例まで示してくれたのでとても良いなと思いました。

約70分にこれだけの要素が組み込まれているドキュメンタリー映画はそうありません。

私自身、この映画でJOCVとしての活動を終えてからの方向性が見えてきた気がします。
訓練所に入る前に、日本を出る前にこの映画を見ることができて本当に良かったです。

現在は各地で自主上映会が行われているので、公式サイトでチェックしたりfacebookでいいねをクリックすると上映会情報が流れるので、ぜひとも一度見ていただきたいなと思います。

幸せの経済学オフィシャルサイト日本語版

幸せの経済学公式サイト英語版

そのほか関連する映画情報はこちら↓↓↓

第4の革命
ドイツを脱原発に導いたドキュメンタリー映画です
自然エネルギーの可能性と実践例が非常にわかりやすく描かれています

THRIVE
富の集中、権力者たちの陰謀的世界構築、地球エネルギーなど全体的に捉えられる映画です
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by jpt-in-Marshall | 2012-03-19 12:17 | これからの世界のことを考える