Marshallsに日本語があるかぎり


2012~14青年海外協力隊員としてMarshall Islandsで日本語を教えていました。マーシャルのあれこれ、日本語教育事情などいろいろ綴っています。
by jpt-in-Marshall
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Kommol tata nan major!!!

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駒ケ根訓練所でOGとして隊員時代の話をしてきたという話は前回したが、その時訓練所をぶらぶらしたり、駒ケ根の町をカメラ片手に散歩していて色々なことを感じた。

「私はもうここにはいられない。刻々と足を進める。それはとめることのできない時間の流れだから、仕方ない。私は行きます。」

よしもとばななの『ムーンライトシャドウ』という中編小説の中にある一節。
これは主人公が恋人を事故で亡くしてから、悲しみのどん底から這い上がろうとする過程を描いたものなのだけれど、ある神秘体験をした彼女が最後に恋人に語りかけるのだ。

協力隊もマーシャルも「恋人」というわけでも「失ったもの」でもないのだけれど、今の自分の気持ちを表すのにはこの文章を引用するのが一番だと思う。

はっきり言ってしまうと私はマーシャル大好き人間にもなれず、帰国9か月前からカウントダウンを始めてしまったクチなのだけれど、マーシャルでの日々と出会いは間違いなく人生の中で大きな意味を持っている。帰国してから4か月以上たった今も日本にいる自分はどこかで違和感を感じている。でも私はこの違和感は自分の中から消したくないのだ。決してネガティブではない違和感。日本はいい国だと思うけれど、すべてが全て受け入れられるわけでもないのだ。逆もまた然りではあるが。

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マーシャルでのシンプルな生活を送ったことで、内面的にいろいろな変化を感じた。具体的には書かないけれど、それはどちらかというとポジティブな変化である。そんな変化をもたらしてくれたマーシャルでのあの頃を私は感謝の気持ちで思い返すのである。

正直な話、2年ぶりの成田に降り立った時の私は何の感慨も抱かなかった。(というかトイレに行きたくてたまらなかった笑)普通に電車に乗って、普通に玄関の扉を開けて自宅に帰った。2年前にしていたのと同じように。あっさり日本の装いになって、東京の街を闊歩し、職なしの気楽さから好きなことをしていた。どちらかというとマーシャルの匂いを自分の体から洗い落とすような日々を送っていたように思う。それが先月から駒ケ根でのレクチャーのためにパワポをつくる作業を始めたあたりから、自分の中にマーシャルがよみがえってきてしまったのである。

任国事情の時にマーシャルの動画を訓練生に見せたとき、マーシャル人のイーエンエンマンの独特なだみ声コーラスが聴こえた瞬間、泣きそうになってしまった。

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それでもやはり、それは思い出に過ぎないのだ。思い出は美しい。しかし、いつまでもそこにとどまっていることは許されない。訓練所で訓練生の様子を見ていて「自分は終わったのだ」と思った。一緒にいた同期も同じことを言っていた。それは新たなステップに踏み出さなければならないということ。マーシャルでもいろいろあったけれど、これからだってどこにいても酸いも甘いも経験しなければならない。それでも前へ進むのが生き物の世界。

というわけで、3年近く書き綴ってきたこのブログもこの投稿をもって終止符を打ちたく思う。
協力隊合格が決まって、赴任前の準備期間中から書き始めたというおかしなブログではあったけれど、書き進めていくうちに思わぬ形で様々な方々に読んでもらえることができたし、マーシャルに行かんとする人たちへの情報提供と橋渡しの役割も果たせたのだから、感無量である。

今はただ、ありがとうという気持ちでいっぱいなのである。

読者さんにも

マーシャルで出会った人たちにも

待っていてくれた日本の家族と友達にも

KOMMOL TATA!!!

今まで本当にありがとうございました!
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by jpt-in-Marshall | 2014-11-13 13:48 | ごあいさつ
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