Marshallsに日本語があるかぎり


2012~14青年海外協力隊員としてMarshall Islandsで日本語を教えていました。マーシャルのあれこれ、日本語教育事情などいろいろ綴っています。
by jpt-in-Marshall
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第五福竜丸展示館

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昨日は新木場の夢の島にある第五福竜丸展示館へ行ってきました。

マーシャルとどう関係があるのか、ご存じない方もいらっしゃると思いますが、

1954年3月1日の米軍によるビキニ環礁での水爆実験をご存じの方は多いと思います。

しかし、かつての私を含め、ビキニがどこにあるかはピンとこない方も多いのも事実。

そのビキニ環礁はマーシャル諸島にあるのです。
上記の水爆実験の際、近海で遠洋漁業を行っていたのがマグロ漁船でもあった第五福竜丸でした。

当然のことながら乗組員の方々は島民と同レベルの被ばくをしました。

現在でも3月1日は「ビキニデー」としてマーシャルの国民の休日になっています。

そういった背景を知ったので、私自身マーシャルへ行く前に一度この第五福竜丸展示館へ足を運んでおきたかったのです。

第五福竜丸は被爆後、練習船に改造され、東京水産大学で使用されていましたが、1967年に廃船となり、東京湾に「ごみ」として浮かんでいたようです。

それを歴史的な遺産として多くの方々の草の根の努力により、夢の島公園に記念館を建てる運びとなったのです。

記念館には福竜丸がそのままの形で展示されています。

もちろん核実験に関する歴史について、そしてマーシャルの被爆者たちの様子も展示されています。

核実験の歴史を見ていて、私はある共通点を見出しました。

いずれも「マイノリティー」がいる「辺境」で行われているということです。

カザフスタン、モンゴル、アメリカのネバダ州、フィジー、そしてマーシャルのビキニ・・・

米軍にせよ、フランスにせよ、旧ソ連にせよ
「無人」の地で実験を行ったとは言っても、「無人」ではありませんでした。

ただマジョリティーが「人」として認めていなかったといっても過言ではありません。

核実験もただ兵器の運転実験にとどまらず、各の影響を受けた人間のその後の調査という「人体実験」の要素があったことも見逃してはいけないのでしょう。

実験後のマーシャルにやってきたアメリカ軍のお偉いさんはヒバクシャたちにこう言い放ったそうです。


「(親指を見せて)お前たちの命はこれだけのもの」


50年も前なので現在はそんなことを軽々しく言えるような風潮はなくなりましたし、アメリカも数十年たってやっと水爆実験に関して責任を一部認めて、元ビキニ島、被爆のひどかったロンゲラップ島の人々に賠償していますが、

その方法が正しいものなのでしょうか。
外国人で、せいぜい本を数冊読んだだけにすぎない私が偉そうなことを言う立場にないことは承知していますが、元ビキニ島民が現在居住するキリ島での様子を見るとそう思わずにはいられません。


そういった背景を意識しつつ、現地で活動していきたいと思ってます。

by jpt-in-Marshall | 2012-03-25 13:57 | マーシャルあれこれ
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