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駒ケ根訓練所でOGとして隊員時代の話をしてきたという話は前回したが、その時訓練所をぶらぶらしたり、駒ケ根の町をカメラ片手に散歩していて色々なことを感じた。 「私はもうここにはいられない。刻々と足を進める。それはとめることのできない時間の流れだから、仕方ない。私は行きます。」 よしもとばななの『ムーンライトシャドウ』という中編小説の中にある一節。 これは主人公が恋人を事故で亡くしてから、悲しみのどん底から這い上がろうとする過程を描いたものなのだけれど、ある神秘体験をした彼女が最後に恋人に語りかけるのだ。 協力隊もマーシャルも「恋人」というわけでも「失ったもの」でもないのだけれど、今の自分の気持ちを表すのにはこの文章を引用するのが一番だと思う。 はっきり言ってしまうと私はマーシャル大好き人間にもなれず、帰国9か月前からカウントダウンを始めてしまったクチなのだけれど、マーシャルでの日々と出会いは間違いなく人生の中で大きな意味を持っている。帰国してから4か月以上たった今も日本にいる自分はどこかで違和感を感じている。でも私はこの違和感は自分の中から消したくないのだ。決してネガティブではない違和感。日本はいい国だと思うけれど、すべてが全て受け入れられるわけでもないのだ。逆もまた然りではあるが。 マーシャルでのシンプルな生活を送ったことで、内面的にいろいろな変化を感じた。具体的には書かないけれど、それはどちらかというとポジティブな変化である。そんな変化をもたらしてくれたマーシャルでのあの頃を私は感謝の気持ちで思い返すのである。 正直な話、2年ぶりの成田に降り立った時の私は何の感慨も抱かなかった。(というかトイレに行きたくてたまらなかった笑)普通に電車に乗って、普通に玄関の扉を開けて自宅に帰った。2年前にしていたのと同じように。あっさり日本の装いになって、東京の街を闊歩し、職なしの気楽さから好きなことをしていた。どちらかというとマーシャルの匂いを自分の体から洗い落とすような日々を送っていたように思う。それが先月から駒ケ根でのレクチャーのためにパワポをつくる作業を始めたあたりから、自分の中にマーシャルがよみがえってきてしまったのである。 任国事情の時にマーシャルの動画を訓練生に見せたとき、マーシャル人のイーエンエンマンの独特なだみ声コーラスが聴こえた瞬間、泣きそうになってしまった。 それでもやはり、それは思い出に過ぎないのだ。思い出は美しい。しかし、いつまでもそこにとどまっていることは許されない。訓練所で訓練生の様子を見ていて「自分は終わったのだ」と思った。一緒にいた同期も同じことを言っていた。それは新たなステップに踏み出さなければならないということ。マーシャルでもいろいろあったけれど、これからだってどこにいても酸いも甘いも経験しなければならない。それでも前へ進むのが生き物の世界。 というわけで、3年近く書き綴ってきたこのブログもこの投稿をもって終止符を打ちたく思う。 協力隊合格が決まって、赴任前の準備期間中から書き始めたというおかしなブログではあったけれど、書き進めていくうちに思わぬ形で様々な方々に読んでもらえることができたし、マーシャルに行かんとする人たちへの情報提供と橋渡しの役割も果たせたのだから、感無量である。 今はただ、ありがとうという気持ちでいっぱいなのである。 読者さんにも マーシャルで出会った人たちにも 待っていてくれた日本の家族と友達にも KOMMOL TATA!!! 今まで本当にありがとうございました! #
by jpt-in-Marshall
| 2014-11-13 13:48
| ごあいさつ
およそ2年半ぶりに駒ケ根訓練所に足を運んできました。 現在の訓練生のための任国事情と職種別活動セミナーで話をするというのが今回のミッションでした。かつて私も訓練生時代、マーシャルOBと日本語教師OGの方のレクチャーを受けました。そんな私が今やOGとしていろいろ語る立場になったのですから、なんだか妙な気分です。 さてアクセス事情のあまりよろしくない駒ケ根(だからこその良さがあるのですが)に行くのに、今回電車を5本乗り継ぎました(笑)。旅行モードですね、完全に。高速バスで行けば楽なのですが(どちらにせよ4時間近くかかる)遅延があってはいけないということで、JICAから電車で行けという通達が来たのです。立川から岡山であずさ3号に乗ったり、岡谷からは在来線でザ・ローカルな路線に乗ってのんびり色づいた山々を眺めたりしながら駒ヶ根駅まで向かいました。 マーシャルから帰国して、というかさらにメキシコ3週間の旅をしてから1か月に1度は都会を離れて自然に触れないとやっていられない体質?になってしまったので今回の駒ケ根行きは天からの贈り物!実はかなり前から楽しみにしていました。 訓練所に入り、ブリーフィングを済ませてからいよいよ訓練生とご対面。今回のマーシャル派遣予定の訓練生の方々は4名(男女2名ずつ)いらっしゃいます。第1部は写真を中心にしたマーシャル事情、休憩を挟んだ第2部は事前に頂いていた質問への回答と医療事情、通信事情などについてお話ししました。最後の5分は動画をちらっと。シュノーケリングのものとクリスマスのビートダンスのものとマーシャル人宅でのパーティーの様子。どれも興味津々で見ていただきました。 ガッツリ2時間20分マーシャルトークをした後は日本語教師訓練生の方々とご対面。職種別活動セミナーはそれぞれの職種のOBOGがボランティア活動について語るものです。派遣予定の日本語教師の方々は合計6名。ウズベキスタン、ペルー、モルディヴなど多岐にわたります。実は今回は私の赴任先COOPの後任の方もいらっしゃるのです。かなり前からこちらの方とは連絡が取れていて引き継ぎも済んでいますが、やはり気合が入ります。しかし、さすが日本語教師!ほとんどが前任者とすでに連絡済で、引継ぎも進行形で行っているとか。素晴らしい!しかも前任者がほとんど私の同期または補完研修を共に受けた隊員だったので、月日の流れを感じてしまいました。 こちらの方でも2時間近くみっちり熱いトークを繰り広げさせていただきました。 どれだけ伝わったのか、というか訓練生の皆さんにとって役立つことを自分が伝えられたのかわからないのですが、全力は尽くしたつもり。あとは皆さんが個々の経験の中で感じたことを大事にしてほしいなと思うばかりです。 明日が語学の中間試験だとか。基準に満たないと訓練打ち切り、つまり脱落ということになるので皆さん緊張気味でした。駒ケ根の景色と空気は最高ですが、日々冷え込みが厳しくなる中で様々な課外活動や毎日の語学訓練など分刻みのキツキツスケジュールをこなしていかなければならない訓練生活。頑張って乗り越えていただきたいものです。 駒ケ根を再訪して訓練生の姿を見て、自分は確実に「マーシャル派遣隊員」としての1章を終えたことを実感しました。そんな私が吹かせるささやかな先輩風。 訓練を共にした同期との絆の強さは絶大なものです。へたすると一生ものになります。 そして、赴任先での生活&活動は訓練時代よりもっと大変なものになると思います。(いろいろな意味で)だから訓練を耐え抜いてほしいです。結果、確実にたくましい心と体ゲットに一歩進みます。 訓練生のみなさん、くれぐれも体に気を付けて、羽目を外して悪いことせずに頑張って訓練を全うしてください! #
by jpt-in-Marshall
| 2014-11-09 18:24
| 帰国後の話
メキシコ旅行中読んでいた本。
(画像拝借しました) 知る人ぞ知る女流旅行家イザベラ・バード。虚弱体質だったために療養、というか健康促進のために医師に勧められて旅行に出るように彼女。すっかりはまってしまって挙句の果てには当時「未開の地」だった東北蝦夷へ陸路で旅を敢行してしまうまでに。一人旅、とは言いますがもちろん完全に一人ではなく、通訳兼お世話係の伊藤氏(当時はまだ10代後半だったそうです)とそれぞれの場所で馬子さんとグループで移動していたようですが、文明開化後間もない日本の田舎ですから、西洋人なんて見たことがない人ばかり。行く方々で見世物状態になってしまって閉口したそうです。 そんな彼女が当時の日本の、特に地方の様子をリアルに記録しているのですが(中でもアイヌのコミュニティに関する記述は必読もの)、読んでいて「あれ!?」と思ってしまいました。 イザベラ女史は、日本の地方の集落の多くが不潔であったと書いています。多くの人が皮膚病を病んでいる。それは着物を滅多に変えたり洗濯したりしないからだ、とか。また室内の換気の悪さやノミ、ダニに悩まされるくだりもあります。 あれ?あれれ? これって、今の協力隊員が任地に赴いて悩まされたり、問題意識を感じることに共通していませんか? たとえば私がいたマーシャルでも皮膚病を患った子供たちがたくさんいました。 富裕層以外は体を雨水をためたバケツ一杯分の水で体を洗う(ちゃんと石鹸をつける人も多いようですが)か、または海に入って海水浴だけで済ませてしまうか。その海水も首都の中心部の海は大腸菌うようよであまり清潔とは言えません。また歯磨きが全体的に浸透していないので子供でもひどい虫歯を患ったまま放置状態のケースも。 マーシャル人は室内を非常にきれいに掃除をしますが、もちろんダニ・ノミ・南京虫がいるのも事実。 大抵日本人はそういう状況に眉を顰めます。ちゃんと体を洗いなよ、病院に行きなよ。歯磨きしなよ、と思いますし、現にそこに問題意識を感じて啓発活動を行うこともあります。 ただ、そこで忘れてはならないのは「日本も昔々はそういう時代もあったんだ」ということです。つまり、相手をさげすんではいけないということです。 個人的に「発展途上国」だった日本が現在のような先進国に発展したその過程に興味があります。そこに現在の途上国が抱える問題の解決の糸口があるのも事実。協力隊員でいかれる方もそうでない方も、すっかり「きれいな」日本人としてすました顔しないで過去のことも知ることが大事なのではないでしょうか。 あくまで私の意見&私自身への戒めです。あしからず。 #
by jpt-in-Marshall
| 2014-10-25 19:18
| 読書備忘録
いまさらですが、RMIとはマーシャル諸島共和国(Republic of the Marshall Islands)のイニシアルです。
そのRMIから実は結構前にお手紙が届いていました。 差出人は私の後任の先生。 授業で習った文型で私にお手紙を送るという粋な計らい。 思えばこの人たちは全くゼロの状態からひらがなを勉強し、ぶーぶー文句を言いながらカタカナへと歩みを進めてきました。 今はもう漢字に入ってるのかな? 生徒の何人かとは今でもFBでつながっているので、さほど距離を感じないものの、やはり南の島での2年間が夢の中の出来事のように思えてしまうのです。 そんな私ですが浦島太郎状態から完全に回復していないまま、社会復帰をしております。 実は先週の木曜日からフルタイムでアルバイトしています。 勤め先はマーシャルにいたころから覗いていてあこがれていたウェブショップモール。 扱っている品物がソーシャルプロダクト(フェアトレード、オーガニック、エシカルファッション、地域振興、復興支援の品物)と時代の先端を行ってます(笑)。 こういう形に問題はないとは言えませんが(問題ないものってないですよね、そもそも)お買い物から意識を変えていこう、世界を変えていこうという取り組みに少しでも貢献できたらと思っています。 かねてよりこちらのほうに自分の行き先をシフトしたかったので、念願かなってうれしいです。 業務的には2日しかたっていませんが、パソコンとにらめっこ。今まで日本語教育業界に10年ほどいたので別の世界が広がっていて新鮮です。 今月は毎週勝負事が入っているのですが、先週は仕事が始まり、落ち着く間もなく来週末にはさらに大きな勝負事がもう一本。仕事も勝負事も頑張ります。 最後になりましたが、手紙を書いてくれた生徒たち、お送りくださった後任の先生にKommol tata! #
by jpt-in-marshall
| 2014-10-19 18:36
| 帰国後の話
最近協力隊説明会でマーシャルのことをお話ししたり、来月の任国事情@駒ケ根訓練所のための準備をしていたことから、マーシャル時代を懐かしく思い出している自分がいます。 はっきり言っていろいろあったし、どちらかというとストレス溜りまくりで早く帰りたいと思っていたのですが、まあ離れてしまえば懐かしい場所。自分を成長させてくれた場所、色々考えさせられた場所として今は感謝の気持ちでいっぱいです。 そんな愛のメモリーの中を漂う私ですが、ランドリーの話を綴らせてください。 マーシャルの首都マジュロ環礁の中でも中心部に住んでいた私。赴任先の学校の教員用アパートの一室が私の部屋でしたが、洗濯機なんてものはありませんでした。そのため週に一度大量の洗濯物を文字通り抱えてコインランドリー通いをしていました。 コインランドリーは大体中国人か台湾人が経営しています。 うちの近所には3つほどランドリーが近くにあって割と恵まれていたのですが、お気に入りはメイン通りから少し入ったところにある韓国人が経営するテレビつきのランドリーでした。 なぜかというとそこは電圧をケチっていないので、乾燥機をかけても生乾き、ということが比較的少なかったからです。 一回のお洗濯にかかる費用は、 洗濯機:$1.50 乾燥機:$2.00 乾燥機をかけなければ安く上がりますが、外に干そうものならいつやってくるかわからぬゲリラ豪雨で下手すると永遠に乾かないことも。部屋干しするには量が多すぎる…というわけで赴任して1年たったころから乾燥機も利用するようになりました。洗濯物の量によっては乾燥機を2台使うことも。そうするとお洗濯だけでも結構な出費になりましたが、いたし方がありません。むしろ洗濯機が使える状況にいることがありがたいのですから。 ランドリーにはたいてい大きなテーブルとイスが何脚かあるのですが、そこで待っているとマーシャル人とおしゃべりできたりします。向こうが食べていたスナックを分けてもらったり、一度はある女性が食べていたラーメンを「あなたも食べる?」と分けようとしてくれたことも。これはマーシャルでの作法なのです。公共の場で食べ物を食べるということは人と分けるあるいは分けようとするシェア文化なので。 赴任先の性質上ローカルのふつ~の人たちと接する機会が少なかった私にとっては、貴重な時間でした。英語が上手なおじさんとおしゃべりしていたら、後で店番していた女の子に「あの人悪い人、詐欺師だよ」なんて言われたことも笑 さて、このランドリー(英語ではLaundromat)で思い出すといえば、混雑しているときのマーシャル人のやさしさでしょうか。日によって、あるいは時間によって非常に混雑することがあるわけですが、なにせ大家族のマーシャル人。一世帯分の洗濯物なので大量なんてものではありません。それを家族の男性に運ばせたり、タクシーのトランクに入れて運んできたりするほどなのです。ですから一人で2,3台平気で使います。そうするとあっという間にすべて使用中で待たなければいけないことも。 「あ~、はまっちゃったか~、ちっ!」と心の中で毒づき、不機嫌な顔になってしまうのですが洗濯機は割と早く空きます。問題は乾燥機。マーシャル人も確実に乾かしたいので一人で何台も使うわけですが、こちらは時間がかかるので短気な日本人の私はイライラ。マーシャルが嫌いになる一瞬なのです。 でもそんな時、マーシャル人はちゃんと見ていてくれています。 誰かが2台、3台に洗濯物を入れようとしていると、私のほうを見て「あなた先に使いなさいよ」と言ってくれます。すでに私たちは1台(または2台)使ってるから、というわけです。そういう時、マーシャル人ってやさしいな、とじーんときます。そしてイラついていた自分の小ささを痛感するのです。(ってやっぱり混んでる時に一人で何台も使っちゃいけないので当然といえば当然ですが…)それでも待ってる間にぬくい塩分のにおいを漂わせてラーメン食べていたり、タブレットでムービー見てて自分の時間を思い切り楽しんでいるはずのマーシャル人が、ちゃんと他人のことを考えているところに感動しちゃったりするわけですよ。 まあ、そんなことをつらつらと思い出す今日この頃。 お分かりだと思いますが、ランドリーはマーシャル人女性にとっての憩いの場なんでしょうね。2時間くらい余裕でかかりますが、普段お家で忙しく働いている女の人が自分に戻れる時間、一人の時間を過ごせるのがランドリーなのかもしれません。そんな中短気な自分を捨てられない私は、ほとんど洗濯物をほったらかしにして買い物に出かけていましたが笑。2年間一度も服を盗まれなかったのは奇跡的?心配な人はず~っとその場で待ってましょうね。 ローカルと触れ合える場所としてランドリー通いはおすすめです。ただし、治安のいいランドリーを選びましょうね。下手な場所に行くと酔っ払いにからまれたり、服を盗まれたりしますので。 #
by jpt-in-Marshall
| 2014-10-14 20:26
| マーシャル徒然
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